管理職が敬遠される傾向
企業の現場では、業務能力が高く、責任感もあり、仕事に対して真面目に向き合っているにもかかわらず、管理職への昇進だけは強く拒む人が年々増えています。かつては管理職になることが一つの成功モデルであり、長年働いた結果として自然に受け入れられるポジションでした。しかし現在では、その認識が大きく変わっています。
とある企業のアンケート調査によると、管理職への昇進を希望すると回答した人は22.2%にとどまり、希望しないと回答した人は48%と倍以上に達しました。注目すべきは、管理職を「ぜひ目指したい」と考える人が、すでに少数派になっているという事実です。これは一部の業界や企業に限った話ではなく、多くの組織に共通する傾向となっています。
管理職という言葉には、以前であれば「責任ある立場」「裁量のある仕事」「収入や地位の向上」といった前向きなイメージが伴っていました。しかし現在では、「忙しいだけ」「板挟みになる」「責任だけ重い」「割に合わない」といった否定的なイメージが先行しています。その結果、管理職昇進は「憧れ」ではなく、「できれば避けたいもの」として語られるようになりました。
現場では、「昇進したら負け」「管理職は罰ゲーム」といった言葉が冗談半分で使われることもありますが、その裏には切実な実感があります。管理職になることで得られるものより、失うものの方が多いと感じられています。時間的余裕、精神的余裕、仕事の自由度といった要素が犠牲になると認識されていれば、誰もが慎重になります。
このような状況を、個人の意欲や根性の問題にすり替えても解決にはなりません。管理職が敬遠されるのは、制度や構造の問題であり、組織全体の設計の問題です。この現実を正面から受け止めなければ、企業は将来的に深刻な管理職不足に直面することになります。
そこで本稿ではこうした管理職敬遠傾向の背景にあるものとその対策法を紹介します。
責任と手当
管理職になることで最も顕著に変わるのは、責任の重さと範囲です。一般社員であれば、自身の担当業務に集中し、成果を出すことで評価されます。しかし管理職になると、部下の成果や失敗、チーム全体の結果に対して責任を負う立場になります。自分が直接関与していない場面で起きた問題についても、説明責任を求められるのが管理職です。
マネジメント業務は、単なる進捗管理ではありません。部下の評価、育成、配置、モチベーションの維持、人間関係の調整など、非常に多くの要素が絡み合います。しかも、それらの多くは数値化しにくく、正解が明確ではありません。管理職は常に判断を迫られ、その結果に対して責任を負い続けます。
近年は、ハラスメントに対する規制や社会的な監視も強まり、管理職の精神的負担はさらに増しています。指導とパワハラの境界は曖昧で、善意の指摘が問題視される可能性もあります。部下の価値観や感受性が多様化する中で、全員に配慮しながらマネジメントを行うことは、非常に高度な作業となっています。
一方で、報酬面を見ると、管理職の負担に見合った待遇が用意されているとは言い難いのが実情です。多くの企業では、管理職になると残業手当や休日手当が支給されなくなり、固定年俸制に移行します。その結果、労働時間が増えても収入はほとんど変わらず、場合によっては実質的な時給が下がることもあります。
責任は重く、リスクも高いにもかかわらず、経済的な見返りが限定的であれば、管理職を希望しないのは合理的な判断です。使命感ややりがいだけに依存した制度は長続きしません。管理職敬遠の背景には、責任と手当の明確なアンバランスが存在しており、これを是正しない限り状況は改善しないでしょう。
多様な働き方
管理職を目指さなくても生活が成り立つ環境が整ったことも、敬遠傾向を後押ししています。近年、働き方は急速に多様化し、一つの企業に依存し続ける必要性は大きく低下しました。副業や兼業が一般化し、企業に所属しながら社外で収入源を持つ人も増えています。
専門性を磨けば、管理職にならなくても一定の評価と収入を得ることが可能です。むしろ、管理業務に時間を取られるより、専門分野に集中した方が市場価値が高まると考える人も少なくありません。社内評価よりも、社外からの評価を重視する価値観が広がっています。
また、起業という選択肢も以前ほど特別なものではなくなりました。小規模な事業やオンラインを活用したビジネスであれば、比較的低リスクで始めることができます。高収入を最優先しなければ、自由度の高い働き方を選択することは十分可能です。
こうした状況下では、管理職として長時間労働や調整業務に追われる姿は、必ずしも魅力的に映りません。「社畜」という言葉が象徴するように、会社中心の生き方そのものが相対化されています。管理職を目指さない選択は、逃げではなく、合理的な判断として受け入れられつつあります。
AIには代替できない
労働力不足への対応策として、AIの活用は多くの企業で進んでいます。定型業務や事務作業、データ分析などはAIによって効率化され、人手不足を補う重要な手段となっています。しかし、管理職の役割については、現時点ではAIによる完全な代替は困難です。
管理職には、数値やデータだけでは判断できない業務が数多くあります。部下の表情や態度、言葉の裏にある感情、職場全体の雰囲気といった要素を読み取り、状況に応じて柔軟に対応する能力が求められます。こうした文脈依存的な判断は、現状のAIでは再現が難しい領域です。
一方で、管理職の業務の中には、会議資料の作成、スケジュール調整、報告業務など、AIに任せやすい作業も多く含まれています。これらをAIに任せることで、管理職が本来担うべきマネジメントに集中できるという考え方もあります。
しかし、その結果として、人間の管理職の業務が「人間関係の調整」「トラブル対応」「責任判断」といった高ストレス領域に集中すれば、精神的負担はむしろ増す可能性があります。AI活用が進めば進むほど、管理職の役割が過酷になるという逆説も生じ得ます。
このように、AIの導入だけでは管理職問題は解決しません。管理職に何を期待し、どのような負担を背負わせるのかという設計そのものを見直さなければ、制度としての持続可能性は確保できないのです。
管理業務のシェアリング
管理職が「罰ゲーム」とまで言われる最大の理由は、業務と責任が特定の個人に過度に集中している点にあります。現行の多くの組織では、管理職になると、マネジメント、評価、育成、調整、トラブル対応といったあらゆる役割が一気にのしかかります。この前提を変えない限り、どれほど管理職の重要性を説いても、敬遠の流れを止めることはできません。そこで不可欠となるのが、管理業務のシェアリングという考え方です。
管理業務のシェアリングとは、管理職だけがマネジメントを担うという発想を改め、組織全体で管理に関わる役割を分担する仕組みを指します。管理職登用のハードルを意図的に下げ、入社数年目といった比較的早い段階から、部分的な管理的役割を経験させる一方で、当初は管理業務の割合を低く抑えます。これにより、管理職という役割が「突然重い責任を背負わされるもの」ではなく、「段階的に担っていくもの」として認識されるようになります。
この仕組みを導入することで、上位管理職に集中していた業務負担を確実に分散できます。たとえば、評価業務の一部を複数人で担当したり、プロジェクト単位でリーダー役を持ち回りにしたりすることで、管理職一人当たりの負荷は大きく軽減されます。結果として、管理職自身が疲弊しにくくなり、意思決定の質も向上します。
また、若手社員にとっても、管理業務が未知の重圧ではなくなります。いきなり部下を何人も抱え、全責任を負うのではなく、小さな単位で調整や判断を経験することで、管理業務への心理的ハードルが下がります。失敗しても致命傷にならない環境で経験を積めることは、将来的な管理職育成にとって非常に重要です。
さらに、管理業務をシェアすることで、「管理=偉い人の仕事」という固定観念も崩れます。管理とは、本来チームが円滑に機能するための役割であり、特別な才能を持つ一部の人だけが担うものではありません。嫌な仕事や面倒な調整を一人に押し付けるのではなく、皆で少しずつ引き受けるという姿勢が、組織全体の成熟度を高めます。
「嫌なことは皆で分担してこなす」という一見素朴な考え方こそが、管理職制度を持続可能にする鍵です。管理業務のシェアリングは、管理職を増やすための小手先の施策ではなく、組織文化そのものを変える取り組みとして位置付ける必要があります。
まとめ
管理職昇進が敬遠される背景には、責任と報酬の不均衡、多様な働き方の広がり、そして管理業務の過度な集中といった構造的な問題が複雑に絡み合っています。これらはいずれも、個人の意欲や覚悟の問題にすり替えて解決できるものではありません。むしろ、制度や設計そのものが時代に合わなくなっていると捉えるべきです。
管理職のハードルを下げるとは、能力や基準を安易に下げることではありません。管理職に課されている負担の内容と量を見直し、責任の持たせ方を再設計することを意味します。責任を一人に集中させるのではなく、業務を分散し、複数人で支える仕組みを整えることが不可欠です。
段階的に管理業務を経験できる環境が整えば、管理職は「避けたい役割」から「自然に引き受けられる役割」へと変わります。管理職になることが特別な決断ではなく、キャリアの延長線上にある選択肢として受け止められるようになるでしょう。これは、管理職本人にとってだけでなく、組織全体にとっても大きなメリットです。
限られた人に過度な負担を押し付ける旧来型の管理職像を維持し続ければ、管理職不足は深刻化し、組織の持続可能性は損なわれます。一方で、管理を皆で担うという発想に転換できれば、管理職の質と量の両方を確保することが可能になります。
管理職昇進のハードルを下げることは、短期的な人事施策ではありません。組織のあり方そのものを問い直し、責任の分かち合いを前提とした運営へと移行できるかどうかが、これからの企業の成長と存続を左右する重要な分岐点となるでしょう。
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