退職倒産が増加傾向
近年、物価上昇や人手不足を背景に、多くの業界で倒産件数が増加しています。従来の倒産要因としては、資金繰りの悪化や売上不振など経営的な問題が中心でしたが、最近では少し異なる現象が目立つようになっています。それが「退職倒産」と呼ばれるものです。これは、従業員が退職し、その欠員を補充できないまま業務が回らなくなり、最終的に倒産に追い込まれるケースを指します。
特に中小企業や地域密着型の事業所では、人員の代替が難しいため、従業員の一人ひとりの存在感が非常に大きくなります。たとえば営業担当者や技能職人などは、辞められると即座に売上や業務品質に影響が出てしまいます。さらに、事務職やサポート職など直接売上に貢献していないように見えるポジションであっても、その離脱が組織全体の効率低下につながり、結果的に業績を圧迫することも少なくありません。
もちろん、従業員が職場環境を嫌って退職する場合もあれば、自らのキャリアアップを目指して転職する場合もあります。こうした動機は企業側が完全に防ぐことはできません。しかし、退職が一定の規模で生じ、それが業務運営に大きな支障を与える状況を放置すれば、最悪のケースとして倒産につながるリスクがあります。
本稿では、このような退職倒産を回避するために、企業が意識すべき労働条件の設定や職場環境の整備の勘所について解説していきます。単なる賃金引き上げだけではなく、職種ごとの特性や働き方の価値観の変化を踏まえた総合的なアプローチが重要であることを見ていきましょう。
ベースの低い割安なポジションの扱い方
企業が従業員の働きを評価する際に、売上や利益への貢献度をKPIとして設定することは珍しくありません。しかし、こうした指標を前提に考えると、どうしても「割安」と評価されがちなポジションが存在します。典型的なのは事務職や総務職などの間接部門です。彼らは顧客と直接接触して売上を生むわけではないため、短期的な数値上の成果を把握しにくいです。
ところが、これらの職種を軽視してしまうと大きな問題につながります。たとえば、事務担当者が辞めてしまった場合、経理処理や契約管理が滞り、営業担当が本来の業務に集中できなくなるケースがあります。その結果、営業効率の低下や顧客対応の遅れが発生し、最終的には売上減少に直結します。表面上は代替が容易に見えても、実際には熟練が必要で、即戦力を外部から補充するのは難しいことが多いです。
さらに、割安なポジションは転職市場でも流動性が高いため、少しでも条件の良い企業があれば人材が流出しやすい特徴があります。給与水準や福利厚生が平均より低ければ、離職率が一気に高まります。したがって、企業としてはこうした職種を軽んじるのではなく、適正な報酬体系や社内福利の拡充を通じて維持に努める必要があります。
例えば、基本給は大幅に変えられなくても、在宅勤務制度や柔軟な休暇制度を導入することで「働きやすさ」を高めれば、従業員は転職に対して消極的になります。加えて、社内での評価や感謝を可視化する仕組みを整えることも有効です。売上に直結しないからこそ、組織に欠かせない役割であることを伝える姿勢が重要です。
収入保障がサービス低下を招く
退職倒産が特に目立つ業界の一つがサービス業です。サービス業は人と人との関わりに依存しており、従業員の接客スキルやモチベーションによって売上や顧客満足度が大きく左右されます。そのため、一人の退職が組織全体の評価や収益を揺るがすケースが少なくありません。
ここで問題になるのが、報酬体系と従業員のモラルの関係です。固定給として収入が完全に保障されている場合、成果にかかわらず給与が得られるため、従業員の中に「最低限の仕事だけすればよい」という意識が生まれがちです。これがいわゆるモラルハザードです。特に接客業務においては、顧客に対する態度が雑になったり、積極的に売上を伸ばそうとする姿勢が薄れるといった形で現れます。
もちろん、安定した収入を提供すること自体は従業員の生活を守るうえで重要です。しかし、サービスの品質を維持するためには、一定の成果報酬を組み合わせる工夫が求められます。例えば、接客による売上や顧客アンケートの評価を一部給与に反映する仕組みを導入すれば、努力と報酬の関連性を感じやすくなります。その結果、従業員は日々の業務に対して前向きな姿勢を保ちやすくなります。
加えて、成果報酬を導入することで優秀な人材を引き留めやすくなる効果もあります。固定給だけでは、能力の高い従業員が「自分が努力しても報酬が変わらない」と感じ、むしろ退職を選ぶ可能性が高まります。公平性を確保する意味でも、接客業務における成果報酬の割合を増やすことは一つの有効な戦略だといえるでしょう。
時間が不安定な職種は嫌われる
近年の求職者の価値観の変化として、収入よりも「自由度」や「拘束時間」を重視する傾向が強まっています。特に若い世代では、長時間労働や柔軟性のない勤務形態を嫌う人が増えています。そのため、残業が常態化している職場やテレワークを認めない企業は、敬遠されやすくなっているのが実情です。
さらに問題なのは、勤務時間が上司の裁量に大きく依存する職場です。シフトが直前に決まったり、業務の開始・終了時間が不透明である場合、従業員は生活のリズムを整えにくくなります。その結果、長期的には心身の負担が増し、離職率が高まる原因となります。
また、近年は副業や家庭との両立を重視する人も増えています。不規則な勤務体系では、こうしたニーズに応えられず、採用や定着に大きなハンデを抱えることになります。したがって、企業は拘束時間をできるだけ明確化し、最小化する努力が必要です。
例えば、シフトはできるだけ早めに確定し、従業員が自分の予定を立てやすいよう配慮することが大切です。また、勤務時間外に業務連絡を行わないルールを設けることも、プライベートと仕事の切り分けを明確にする効果があります。こうした取り組みは大きなコストを伴うものではなく、むしろ従業員の定着を促進し、退職倒産のリスクを軽減する有効な施策となります。
適切なフィードバック
職場における人材育成の方法も、退職倒産の防止には欠かせない要素です。特に世代間の価値観の違いが顕著に現れるのがフィードバックの仕方です。就職氷河期世代を中心とする管理職は、部下に業務を任せ、できなかった部分を後から指摘する「OJT」スタイルを当然と考えていることが少なくありません。
しかし、最近の若い世代はこれを「ダメ出し」と受け止めやすく、自己肯定感を損ねる要因となります。結果として職場に居心地の悪さを感じ、転職を検討する引き金になるのです。
また、従来型の上下関係が厳しい組織文化では、部下が意見を述べにくく、改善提案や新しい発想が生まれにくくなります。このような環境もまた、若い人材にとっては魅力的ではなく、早期離職につながるリスクがあります。
そのため、適切なフィードバックの方法を整えることが重要です。具体的には、否定的な指摘だけでなく、成果や努力を認める言葉を組み合わせることが効果的です。また、日常的に意見交換がしやすい雰囲気をつくり、失敗を学びの機会として前向きに扱う姿勢を示すことも大切です。
さらに、定期的な面談やアンケートを通じて従業員の声を吸い上げ、改善に活かす仕組みを整えれば、組織全体の信頼関係が強化されます。従業員が「ここで働き続けたい」と感じる環境を築くことこそ、退職倒産を防ぐための根本的な対策となるのです。
まとめ
退職倒産は、資金や市場環境だけでなく、従業員の離職という内部要因から生じる重大なリスクです。特に人手不足が深刻化する現在では、一人の退職が事業継続に直結するケースが少なくありません。
そのため企業は、各ポジションの価値を正しく認識し、割安と見なされがちな職種にも適切な労働条件を用意する必要があります。また、サービス業においては固定給だけでなく成果報酬を導入し、モチベーションを維持する仕組みを整えることが有効です。加えて、勤務時間の安定化や自由度の確保は、現代の求職者にとって欠かせない条件となっています。そして、フィードバックのあり方を工夫し、従業員が安心して成長できる環境を提供することも重要です。
こうした取り組みは短期的には負担やコストを伴うかもしれません。しかし、長期的には従業員の定着を促し、退職倒産を回避する強固な基盤を築くことにつながります。労働条件の設定を戦略的に見直すことで、企業は厳しい経営環境を乗り越え、持続的な成長を実現できます。
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