人手不足解消のための報酬の支払い方の工夫
近年、深刻な人手不足が社会的な課題となっています。新規採用の募集を出しても応募が集まりにくく、仮に採用ができても短期間で退職してしまうケースも少なくありません。特に中小企業や開業間もない事業者にとっては、安定した人材確保が経営の存続に直結するため、報酬制度の工夫は避けて通れないテーマとなっています。
一般的に、人手不足解消の特効薬として効果があるのは「賃上げ」です。給与が高ければ求職者からの応募が集まりやすくなり、既存従業員の離職率も抑制できるからです。しかしながら、潤沢な資金を持つ大企業と違い、資金力に乏しい中小企業は思い切った賃上げを行うことが難しいのが現実です。特に開業したばかりの事業者は、売上や資金繰りが安定しないため、人件費の固定的な増加は経営を圧迫するリスクがあります。
そこでしばしば取られる工夫が、「賞与の給与化」です。これは、従来まとまった金額を支給していた賞与を減らし、その分を毎月の給与に上乗せすることで、月額給与を見かけ上高くする方法です。たとえば、年間で60万円支給していた賞与を半分の30万円に抑え、残り30万円を12か月に分割して月給に上乗せすれば、毎月2万5千円の給与増となります。
この方法を用いると、求職者にとっては「給与が高い会社」と映りやすくなります。求人票では基本給や月額給与が重視されるため、応募数の増加を期待できるのです。また従業員にとっても、毎月の生活資金が増えることで生活の安定感を得やすくなります。したがって一見すると、採用強化と従業員満足度の向上を同時に実現できる合理的な施策のように映ります。
もっとも、このような「賞与の給与化」には見過ごすことのできない問題点も潜んでいます。そこで本稿では、この制度が従業員や企業活動にどのような影響を与えるのかを分析し、その改善策を考察していきます。
受け手である従業員の受け止め方
報酬の支払い方法を工夫する際、必ず考慮すべきは「従業員がどう受け止めるか」という点です。人手不足の時代においては、従業員一人ひとりの満足度が企業の持続的成長を大きく左右します。
誰しも、自分の労働に対して少しでも多くの報酬を得たいと考えるものです。月額給与が高いというのは、従業員にとって非常に魅力的な条件となります。特に日々の生活費や住宅ローン、教育費など定期的な支出を抱える従業員にとっては、毎月確実に得られる金額の多寡が安心感を左右します。そうした点から「賞与の給与化」は一見歓迎されやすい制度といえるでしょう。
しかし、従業員は次第に「賞与が少ない」という現実に気づきます。総報酬額が変わらない以上、年末や夏の賞与の時期に手にできる金額は減少することになります。従業員は賞与に対して特別な期待感を抱くことが多く、家族旅行や大きな買い物などの資金計画に組み込んでいる人も少なくありません。そのため、まとまった金額が手に入らなくなったときに「思ったほど得をしていない」と感じてしまうのです。
さらに、人は月給について「もらえて当然」という感覚を持ちがちです。給与は固定的に支払われるものという認識が強く、いくら月給が増えても時間が経つと「それが基準」になってしまいます。その一方で、賞与が減少すると「減らされた」という負の感覚が強調されやすく、結果的に会社への不満が高まる可能性があります。
つまり、賞与の給与化は従業員から「報酬が増えた」と受け止められるどころか、逆に「ごまかされた」と感じさせ、忠誠心を失わせる危険性を孕んでいるといえます。短期的には採用や生活安定にプラスの効果があっても、中長期的には信頼関係の損失につながりかねないのです。
モチベーション低下に伴う労働生産性低下
賞与の給与化がもたらす影響のひとつとして、従業員のモチベーション低下があります。総報酬が変わらず、むしろ賞与が減少してしまうと「頑張っても収入は増えない」という意識が広がりやすくなります。これは従業員のやる気を削ぐ大きな要因です。
従業員のモチベーションが下がると、日々の仕事の品質にも影響が及びます。たとえばサービス業では、顧客対応の丁寧さや親身さが欠けてしまい、顧客満足度が低下します。製造業においても細部への注意が疎かになり、不良品が増えるといったリスクが生じます。このように労働生産性の低下は、組織全体の競争力に直結する深刻な問題です。
さらに近年では「静かな退職(Quiet Quitting)」と呼ばれる現象も注目されています。これは、従業員が最低限の業務だけをこなし、それ以上の貢献をしなくなるという行動様式です。給与と賞与のバランスに不満を抱え、努力しても評価されないと感じると、このような態度を取る従業員が増加する傾向があります。
結果として、企業にとっては人件費を支払っているにもかかわらず、それに見合う労働成果を得られないという「費用対効果の悪化」が生じます。採用段階で月額給与の高さによって人材を確保できても、組織全体の生産性が低下してしまえば、経営的にはむしろマイナスになる可能性があります。
このように、賞与の給与化は単に「支払い方法を変えただけ」という表面的な工夫にとどまらず、組織活動の根幹であるモチベーションや生産性に大きな影響を及ぼすリスクをはらんでいます。
業績連動報酬の導入
賞与の給与化が問題を生む背景には、「限られた原資をどのように分配するか」という難題があります。月額給与を上げれば、当然のことながら賞与の原資は減少します。総額が一定のままでは、報酬制度の工夫によって持続的な満足度を得るのは難しいです。
そこで有効な方法のひとつが、業績連動報酬の導入です。従来のように賞与を均等に分配するのではなく、個人やチームの業績に応じて配分を変える仕組みを取り入れれば、従業員のモチベーション維持につながります。「努力すれば見返りがある」と感じさせることができれば、労働生産性を高める好循環を生み出せます。
ただし、ここで重要なのは分配基準の公平性・透明性・合理性を確保することです。不明確な評価制度に基づく業績連動報酬は、かえって従業員の不信感を招きます。評価のプロセスがブラックボックス化していると「えこひいき」や「不公平」といった疑念が生まれ、モチベーションどころか不満の温床となりかねません。
また、業績連動報酬を導入しても、その原資があまりにも少なければ意味がありません。分配される金額がごくわずかであれば、努力しても報われないと感じてしまうからです。したがって、制度を形だけ導入するのではなく、業績向上によって報酬原資を拡大させる仕組みを構築することが不可欠です。売上増加やコスト削減によって確保された利益を賞与原資に回すといった工夫が求められます。
このように、業績連動報酬は適切に設計されれば、従業員のやる気と企業業績を結びつける強力な仕組みとなり得ます。単なる「給与と賞与の付け替え」ではなく、報酬制度を企業の成長戦略と連動させることが肝要なのです。
賃金以外の「働きがい」の提供
報酬制度の工夫だけでは限界があるのも事実です。人手不足の時代においては、賃金だけでなく「働きがい」を提供することも重要な経営課題となっています。
その一例として、資格取得支援やスキルアップ研修の推奨が挙げられます。従業員が自らのキャリアプランに沿って成長できると感じれば、長期的にその企業に留まる意欲が高まります。企業が費用の一部を負担するだけでも、従業員にとっては「自分の成長を応援してくれている」と受け止められやすく、会社への好感度を高める効果があります。
また、社内表彰制度の導入も有効です。優秀な成果を上げた従業員や日々の努力を惜しまない従業員を公に認めることで、組織全体の雰囲気が向上します。表彰自体は大きな費用を要しませんが、従業員にとっては強いモチベーション源となり得ます。
さらに、働きがいの源泉として「ホワイトな職場環境」も重要です。長時間労働が常態化していたり、ハラスメントが蔓延している職場では、いくら報酬が高くても従業員は定着しません。逆に、休暇が取りやすい、上司が部下を尊重する、風通しが良いといった職場環境が整っていれば、それ自体が働きがいの理由になります。
このように、賃金以外にも多様な施策によって従業員満足度を高めることは可能です。人材を惹きつける要素は「お金」だけではなく、成長機会や人間関係、働きやすさなどの無形資産にも大きく依存しているのです。
まとめ
人手不足を背景に、賞与を給与化して月額給与を高く見せる工夫は、多くの企業で導入されています。しかし、その一方で従業員は賞与の減少を敏感に察知し、報酬総額が変わらないことに不満を募らせやすくなります。その結果、モチベーションの低下や労働生産性の悪化といった深刻な副作用が生じるリスクがあります。
この課題を克服するには、単なる給与と賞与の付け替えに依存するのではなく、業績連動報酬のように努力と成果を結びつける制度を構築することが求められます。さらに、資格取得支援や職場環境の改善といった賃金以外の「働きがい」を提供することも欠かせません。
企業が人材を惹きつけ、持続的に成長していくためには、従業員の立場に立った報酬制度と働きがいの創出が不可欠です。単なる見かけの給与増ではなく、実質的な満足感と成長意欲を引き出す仕組みを整えることこそが、真に人手不足を克服する鍵となるでしょう。
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