離婚したいが子どものために我慢する夫婦は多い
夫婦関係がすでに冷え切っており、日常会話もほとんどなく、家庭内で心が通わない状態が長く続いているにもかかわらず、「子どものため」を理由に離婚を思いとどまっている夫婦は決して少なくありません。外から見れば表面的には普通の家庭に見えることも多く、当事者だけが強いストレスや孤独感を抱え込んでいるケースも目立ちます。夫婦としての関係は破綻していると自覚していても、子どもへの影響を考えると決断できないという心理は、多くの親に共通するものです。
離婚は単に夫婦が別れるという問題にとどまりません。親権、養育費、面会交流、住居、財産分与など、多くの要素が絡み合うため、感情面だけでなく制度面の複雑さも大きな壁となります。特に子どもが未成年の場合、「自分たちの都合で子どもの人生を大きく変えてしまうのではないか」という罪悪感が、離婚への一歩を踏みとどまらせます。その結果、表面上は家庭を維持しながら、実質的には仮面夫婦として暮らし続ける選択をする人も少なくありません。
しかし、その「我慢」が本当に子どものためになっているのかについては、改めて考える必要があります。冷え切った夫婦関係の中で育つ子どもが、家庭を安心できる場所として感じられなくなることもあります。親同士が会話を避け、緊張感のある空気が日常化すれば、子どもは無意識のうちにその影響を受けます。それでもなお、多くの夫婦が離婚を選ばないのは、制度上の制約や将来への不安が大きいためです。
そうした状況の中で、来年から始まる共同親権制度は、これまで離婚をためらってきた夫婦にとって、新たな選択肢となり得ます。離婚によって親と子の関係が一方的に断たれてしまうのではないかという不安や、生活の急激な変化への恐れが、制度の見直しによって緩和される可能性があるからです。子どもを理由に離婚を断念してきた夫婦が、自分たちと子どもの将来を冷静に考え直すための環境が、ようやく整いつつあると言えるでしょう。
そこで本稿では、子どもを理由に離婚を我慢し続けなくてもよくなる背景について、夫と妻それぞれの立場からの思惑を整理しながら、制度の変化がもたらす意味を考えていきます。
母側の思惑:子どもに不憫な思いをさせたくない
離婚を考える母親が、最終的に踏みとどまる最大の理由は、「子どもに不憫な思いをさせたくない」という気持ちです。たとえ夫婦関係が破綻していても、子どもにとっては今の生活がすべてであり、その安定を壊すことへの恐れは非常に大きなものです。母親自身がどれほど苦しい状況にあっても、子どもへの影響を最優先に考え、感情を押し殺して結婚生活を続ける選択をするケースは珍しくありません。
離婚によって想定される具体的な変化として、まず挙げられるのが住環境の変化です。経済的な事情から引っ越しを余儀なくされ、場合によっては転校が必要になることもあります。慣れ親しんだ学校や友人関係を失うことは、子どもにとって大きなストレスとなります。苗字の変更が生じる場合には、周囲からの詮索や心ない言葉にさらされるのではないかという不安も、母親の決断を鈍らせる要因です。
さらに、養育費に対する不安も深刻です。制度上は養育費の支払い義務が定められていても、実際には支払いが滞ったり、途中で打ち切られたりする例が少なくありません。収入が限られる中で、子どもの生活費や教育費を一人で背負うことへの恐れは、離婚後の生活を現実的に想像すればするほど大きくなります。「自分が我慢すれば、子どもは今まで通りの生活を送れるのではないか」と考えてしまうのは、自然な心理とも言えます。
また、周囲の目を気にする気持ちも無視できません。母子家庭に対する偏見や、親族からの否定的な反応を想像し、子どもが肩身の狭い思いをするのではないかと心配する母親もいます。こうした不安が積み重なり、「離婚しないこと」が子どもへの最善の選択だと自分に言い聞かせるようになります。結果として、母親自身の幸福や人生設計は後回しにされ、長期的な負担を抱え続けることになりがちです。
このように、母側の思惑は決して自己中心的なものではなく、子どもの生活と将来を守りたいという切実な願いに基づいています。しかし、その判断が常に最良の結果をもたらすとは限らない点について、冷静に考える必要があります。
父側の思惑:子を失いたくない
父親が離婚に踏み切れない理由として大きいのは、「子どもを失いたくない」という思いです。現行の単独親権制度のもとでは、離婚後の親権は多くの場合、母親に与えられてきました。その結果、父親は法的には親であり続けるものの、日常的な関わりを大きく制限される立場に置かれることが少なくありません。
面会交流権が認められているとはいえ、実際には月に数回、あるいはそれ以下の頻度でしか子どもと会えないケースも多く、学校生活や日常の成長を間近で見守ることは難しくなります。子どもの意思や元配偶者との関係性次第では、面会自体が形骸化してしまうこともあります。父親にとって、これは単なる不便さではなく、親としての役割を奪われる感覚に近い苦痛です。
また、将来への不安も父親の決断をためらわせます。自分が年老いたとき、子どもとの関係が希薄であれば、精神的な支えを失うことになります。子どもの成長や結婚、孫の誕生といった人生の節目に立ち会えないかもしれないという思いは、父親にとって非常に重いものです。単に血縁があるだけではなく、実質的な親子関係を維持したいという願いが、離婚へのブレーキとなります。
さらに、経済的な責任と関係性の不均衡に対する不満もあります。養育費を支払い続けながら、子どもの進学や生活方針にほとんど関与できない状況に、理不尽さを感じる父親も少なくありません。その結果、「この条件で離婚するくらいなら、形だけでも家族を続けた方がよい」と考え、感情的には破綻した結婚生活を続ける選択をすることになります。
このように、父側の思惑は、親としての存在意義を守りたいという切実な気持ちに根ざしています。子どもとの関係を失うことへの恐怖が、離婚をためらわせる大きな要因となっているのです。
共同親権で解決
父母それぞれが抱えるこうした不安や葛藤は、共同親権制度の導入によって、一定程度緩和される可能性があります。共同親権とは、離婚後も父母双方が親権者として子どもの養育に関与する制度です。これにより、離婚=どちらか一方が親としての立場を失う、という構図が見直されることになります。
母親にとっては、父親も正式な親権者であることで、養育費や教育費の支払いに対する責任感が高まり、履行が期待しやすくなります。また、子どもの重要な進路や医療に関する判断を一人で背負わずに済む点も大きな安心材料です。生活環境についても、父母が協力して調整できれば、転居や改姓といった大きな変化を回避できるケースが生まれます。
父親にとっては、離婚後も親権者であり続けることで、子どもの成長に継続的に関わる立場が確保されます。日常的な関与の程度には個別の事情が影響しますが、法的に「親であり続ける」ことが明確になる意義は非常に大きいものです。親子関係が形式的なものに縮小されるのではなく、現実の生活に即した形で維持される可能性が高まります。
子どもの視点から見ても、父母の双方が自分の人生に責任を持ち続けてくれるという感覚は、精神的な安定につながります。離婚そのものよりも、「どちらかの親を失う」という体験が、子どもに深い傷を残すことは少なくありません。共同親権は、その断絶感を和らげる仕組みとして機能します。
このように、共同親権を活用することで、離婚に伴う子どもに関する問題の一定割合は解消される可能性があります。その結果、これまで子どもを理由に離婚を断念してきた夫婦が、現実的な選択肢として離婚を検討するケースが増えることも十分に考えられます。
夫婦が一定の交流ができることが必要条件
もっとも、共同親権はすべての夫婦にとって万能な解決策ではありません。制度を適切に機能させるためには、いくつかの前提条件が必要です。特に、不倫やDV、モラルハラスメントなどが離婚原因となっている場合には、共同親権を選択すべきではないケースもあります。安全や尊厳が脅かされる関係の中で、無理に協力を前提とすることは、かえって子どもに悪影響を及ぼします。
共同親権者となるためには、元夫婦間で最低限の意思疎通が可能であることが重要です。感情的な対立があっても、子どもに関する事項について冷静に話し合える関係性が求められます。すべてにおいて意見が一致する必要はありませんが、相手の存在を完全に否定せず、親としての役割を尊重できることが前提となります。
このような信頼関係が保たれていれば、子どもは両親の元を行き来するなど、柔軟で自由度の高い生活を送ることが可能になります。一方の親に気を遣いながら、もう一方との関係を隠す必要もなくなります。子どもが「どちらかを選ばなければならない」という心理的負担から解放されることは、健全な成長にとって大きな意味を持ちます。
離婚は夫婦関係の終了を意味しますが、親子関係の終了を意味するものではありません。「夫婦ではいられないが、親としての最低限の協力はできる」という認識を共有できる夫婦にとって、共同親権は現実的な選択肢となります。そうした夫婦が、子どもを理由に自らの人生を犠牲にし続ける必要は、今後は少なくなっていくでしょう。
まとめ
子どもを理由に離婚を断念するという選択は、長年、多くの夫婦にとって当たり前のものとされてきました。しかし、その背景には、制度上の制約や将来への漠然とした不安が大きく影響してきたことが分かります。母親は子どもの生活の安定を守ろうとし、父親は子どもとの関係を失うことを恐れ、それぞれが自分の気持ちを抑え込んできました。
共同親権制度の導入は、こうした構造そのものを見直す契機となります。離婚しても父母双方が親として関与し続けられる可能性が広がることで、「離婚=子どもに不幸を与える」という単純な図式は成り立たなくなります。子どもの生活環境や心理的安定を守りながら、親自身も無理のない人生設計を考える余地が生まれます。
もちろん、すべてのケースで共同親権が適しているわけではありません。安全や信頼が確保できない関係では、慎重な判断が必要です。しかし、一定の協力関係を維持できる夫婦にとっては、子どもを理由に我慢し続ける以外の道が、現実的に見えてきます。
これからの時代は、「子どものために離婚しない」のではなく、「子どものためにどう別れるか」を考えることが求められます。親の人生と子どもの幸せを両立させる選択肢が広がる中で、自分たちにとって最も納得できる形を選ぶことが、何よりも重要になっていくでしょう。
当研究所では、子どもと親双方にとって今後の最善の人生設計を共に考え、その実現をサポートいたします。下記よりお気軽にご相談ください。


コメント