立花党首が名誉棄損罪で逮捕
NHK党の立花孝志党首が名誉棄損罪の疑いで逮捕されたというニュースは、多くの人々に衝撃を与えました。報道によると、兵庫県議に関する疑惑を調査してきた元県議に対して、虚偽の事実を述べて社会的評価を低下させたという嫌疑が持たれています。立花氏はこれに対し、「意図的に虚偽を述べたのではなく、真実だと信用できる意見を述べたにすぎない」と主張しているようです。この事件は、政治家という立場の発言であっても、内容次第では名誉棄損の罪に問われ得るという点を社会に改めて印象づけました。
名誉棄損は、他人の社会的評価を低下させる事実を公然と述べた場合に成立する犯罪です。特にSNSが発達した現代社会では、誰もが発信者となり、言葉の影響力が拡大しています。その一方で、発言の裏付けを十分に取らず、思い込みや誤情報に基づいて他人を批判するケースも少なくありません。政治家やメディア関係者だけでなく、一般市民でもSNS上の発言が名誉棄損とされる事例が増えています。
立花氏のケースを通じて注目すべきは、「虚偽の事実を述べたかどうか」だけではなく、「その発言が真実だと信じるに足る合理的な根拠があったか」という点です。刑法上、名誉棄損はたとえ事実が真実でなくとも成立しますが、一定の条件を満たすと処罰されない余地があります。その条件の中心にあるのが「真実相当性」という概念です。そこで本稿では、この真実相当性を軸に、名誉棄損発言を避けるためのリスクマネジメント手法を解説していきます。
真実相当性
名誉棄損罪の規定は刑法第230条に明記されています。同条では「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらずこれを罰する」とされています。つまり、たとえ発言内容が真実であっても、人の社会的評価を傷つける形で発言すれば処罰の対象となる可能性があるということです。ただし、その例外を定めているのが230条の2です。同条では、「前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図るものであるときには、事実の真否を判断し、真実であることの証明があった場合は罰しない」とされています。
つまり、社会全体にとって利害関係のあるテーマについて、公益を目的に事実を述べ、その内容が真実であると証明できれば罪に問われないという仕組みです。政治家や報道機関による発言がしばしばこの条文に基づいて争われます。しかし、現実には「真実であると証明すること」が非常に難しい場面が多いのが実情です。証拠が不十分であったり、事実関係が複雑だったりする場合、発言者が真実を完全に立証することは困難です。
そこで登場するのが「真実相当性」という概念です。これは、「発言者が十分な根拠に基づいて真実であると信じた」場合には、たとえ結果的に事実が誤っていたとしても処罰を免れる可能性があるという考え方です。裁判では、「どの程度の調査を行い、どんな根拠に基づいて発言したのか」が厳密に問われます。したがって、発言前にどれだけ裏付けを取っていたか、どんな情報源に依拠していたかが極めて重要になります。
真実相当性は、社会における言論の自由を守るための安全弁でもあります。完全な真実を把握することが不可能な状況でも、一定の合理的根拠をもって発言するならば、過度に萎縮する必要はないという考え方です。しかしその一方で、根拠のない憶測や一方的な決めつけに基づく発言は、たとえ公益を目的としていても許されません。この微妙なバランスをどう取るかが、名誉棄損リスクを回避する上での最大の課題です。
十分な根拠を持って信用したこと
真実相当性の成立には、「真実であると信じた」ことに加え、「信じるに足る相当の理由」が求められます。単に「そう聞いた」「ネットにそう書いてあった」だけでは、真実相当性の要件を満たしたとは言えません。発言者がどのような情報を収集し、どのようにその信憑性を評価したのかが具体的に検討されます。特に、ネット上の匿名情報や不確実な噂をそのまま引用した場合は、ほぼ確実に真実相当性は否定されます。
裁判例でも、「報道機関が取材に基づいて一定の裏付けを取っていたか」が重要視されています。たとえば、複数の証言を確認したか、一次資料を入手したか、対象者への反論の機会を与えたかなどの要素が総合的に判断されます。これらのステップを経ていない場合は、「軽率な発言」とみなされ、真実相当性が認められにくくなります。
一方で、一般市民の発言であっても、ある程度の調査を行い、客観的資料や専門家の見解などをもとにした発言であれば、一定の理解が示されることもあります。つまり、社会的立場によって求められる調査の水準には違いがあります。報道機関や政治家には高い精度の調査が求められる一方、一般市民には相対的に緩やかな基準が適用される傾向があります。ただし、発信力が大きいインフルエンサーなどは一般市民よりも厳格に評価されることが増えています。
真実相当性の本質は、「真実であると証明できない人をすべて有罪とするのは酷である」という法の配慮にあります。完全な真実の証明が困難な現実を踏まえ、合理的な信念に基づく発言は一定程度保護しようという考え方です。しかし、これはあくまで「十分な調査と根拠」が前提であり、根拠の薄い主張を免罪するものではありません。したがって、発言者には「どの根拠を基に信じたのか」を常に意識する責任があるといえるでしょう。
証拠の精査と保存
発言に合理的な根拠があったと認められるためには、何よりも「証拠の存在」が重要です。後から真実相当性を立証しようとしても、根拠となる証拠が失われていれば主張は通りません。発言の根拠となる資料、メール、録音、スクリーンショットなどは、可能な限り保存しておくことが基本です。特にSNS上の投稿は削除されやすいため、記録を残す習慣が大切です。
また、証拠を単に集めるだけでは不十分です。集めた証拠の信用性を冷静に評価しなければなりません。たとえば、情報源が匿名である場合、その信憑性は低く評価されます。発言者が特定できる一次情報かどうか、改ざんや誤伝がないかを慎重に見極める必要があります。生成AIが普及する現代では、AIによる「ハルシネーション(虚偽生成)」が深刻な問題になっています。一見もっともらしい文章や画像が自動生成され、真実のように流布されることもあります。こうした時代においては、「見た」「読んだ」だけでは根拠になりません。
さらに、発言の正当性を証明するには、「いつ」「どのように」情報を得たのかも重要です。後から作成された資料や加工された証拠は信用性が低下します。したがって、入手時点での記録を残すことが不可欠です。特にビジネスや政治の場面では、記録の整備が発言を守る最大の防御策となります。
誰の発言かによって信用度を判断する人は多いですが、ネット上では「〇〇氏が言っていた」という情報が実際には本人発言ではないことも珍しくありません。なりすましアカウントや誤引用によって、根拠のない言説が拡散されるケースも頻発しています。したがって、「誰が言ったか」よりも「どのような証拠で裏付けられるか」を重視する姿勢が求められます。名誉棄損リスクを避けるには、証拠の収集・精査・保存を日常的に行うことが不可欠なのです。
日々のファクトチェックで真実判断のトレーニングを
現代社会は情報の洪水の中にあります。SNS、動画サイト、ニュースアプリなど、誰もが容易に情報発信できる時代になった一方で、虚偽情報や偏った意見も氾濫しています。著名なコメンテーターや有識者であっても、専門外の分野では誤った情報を語っていることがあります。それを鵜呑みにして発言すれば、結果的に他人の名誉を傷つけるリスクを伴います。
名誉棄損を防ぐためには、日常的に「情報を鵜呑みにしない習慣」を身につけることが大切です。例えば、ネットで見た情報を別の複数の信頼できる情報源で確認する、一次資料を探す、文脈を切り取っていないかを検証する、といった基本的なファクトチェックを行うだけでも、誤った発言を防ぐ効果があります。さらに、発信前に「この情報は本当に公共の利害に関わる内容か」「この発言で誰かを傷つけないか」を一度立ち止まって考えることも有効です。
情報を扱うスキルは、一朝一夕に身につくものではありません。日々のニュースやSNS投稿に対して、「これは本当か?」と自問する習慣をつけることで、徐々に真偽を見抜く力が養われます。報道機関や公共団体のファクトチェック記事を参照することも効果的です。自分の感情や立場に都合の良い情報ほど信じたくなりますが、その心理的バイアスを自覚することも重要です。
また、教育現場や職場でもメディアリテラシー教育を強化することが求められています。真実を見抜く力を社会全体で高めることが、結果的に名誉棄損の発生を防ぐ最も根本的な対策といえるでしょう。発言する自由と、それに伴う責任は表裏一体です。発信者一人ひとりが「慎重な言葉選び」を意識すれば、名誉棄損のトラブルを未然に防ぐことができます。
まとめ
名誉棄損は、発言内容が真実か虚偽かだけでなく、「どれだけ合理的に真実だと信じたか」が問われる犯罪です。立花党首の逮捕は、発言者が公人であっても例外ではないことを示しました。公共性や公益性が認められても、根拠が乏しければ真実相当性は否定され、名誉棄損が成立し得ます。特にSNS時代には、誰もが発信者であり、同時に法的責任を負う可能性があります。
名誉棄損を防ぐ最良の手段は、発言前の確認と証拠の確保、そして日々のファクトチェックです。根拠をもたない発言は、たとえ善意からであっても他人を傷つけ、法的責任を招くおそれがあります。言論の自由を守るためにも、発言者自身が自らの責任を理解し、根拠に基づく情報発信を心がけることが重要です。真実を追求する姿勢と、他人の名誉を尊重する意識。この二つのバランスこそが、健全な言論社会を支える礎となるのです。
当研究所では、情報発信体制の改善や監視に関する助言・サポート業務も行っております。下記よりお気軽にご相談ください。


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