先に仕掛けることの是非は民事と刑事で異なる【弁護士×MBAが解説】

リスクマネジメント

競争社会は早い者勝ちで、自らの利益は自ら守らなければならない

現代社会はあらゆる場面で競争原理が働いており、欲しいものを手に入れるためには周囲よりも先に動くことが重要だと考えられています。ビジネスの世界では、顧客ニーズをいち早く察知し、新商品やサービスを競合他社よりも先に市場に投入することが大きな優位性につながります。採用活動でも、優秀な人材を獲得するためには早期にアプローチをかけなければ他社に先を越されてしまいます。こうした環境においては「早い者勝ち」という価値観が広く受け入れられ、自身の利益を守るためには迅速な行動が不可欠であるとされています。
また、自らの利益は必ずしも法律が自動的に守ってくれるわけではありません。法律はあくまでもトラブルが顕在化した後に介入するものであり、事前に不利益を防いでくれるわけではありません。したがって、自分の立場を有利にするための情報収集や行動は、自身の責任において主体的に行わなければなりません。現実には、先に動いた方が商機を掴み、主導権を握り、最終的な成果を享受しやすい仕組みが広く存在しています。
しかし、だからといって何でもかんでも先に仕掛ければ良いという単純な話ではありません。競争社会ではスピードが武器になる一方、法的・倫理的な境界線を踏み越えてしまう危険性も伴います。とくに他者との衝突可能性がある場面では、先に動くことが許される領域と許されない領域が明確に分かれています。先に仕掛けることが正当化されるのか、それとも違法行為となるのかは、民事と刑事で大きく異なる基準が用意されているためです。
そこで本稿では、競争社会における「先に動くこと」の意味を整理し、民事と刑事においてその評価がどのように異なるのかを考察します。民事では自由競争の発想から早期行動が奨励される傾向がある一方、刑事では先に手を出した側が厳しく責任を問われる仕組みとなっています。この違いを理解することは、日常の行動判断やリスク管理にも大きく役立つといえるでしょう。

自らの利益を守るために先制攻撃をしかけたい時もあるが

現実の世界では、自らの利益を守るために先制的な行動を取りたいと思う場面がしばしば存在します。例えば国家安全保障の問題を考えてみると、隣国が攻め込んでくる可能性が高いという情報を入手した際、ただ状況を静観しているだけでは自国が戦場となり、国内の住民が甚大な被害を受ける可能性があります。攻撃を完全に受けてから反撃するのでは、軍事施設や重要インフラが破壊され、多数の国民が犠牲となり、国家全体が深刻な混乱に陥ってしまいます。このような状況を避け、自国の損失を最小限に抑えるためには、相手よりも先に攻撃を仕掛ける方が効果的ではないかという発想が生まれます。
また、日常的な場面においても、先制的な行動が自らの身を守る最良の手段になると感じる状況はあります。たとえば、ある人物が危険な言動を繰り返し、周囲の人に対して明らかな敵意を示している場面を想像してみます。その人物がいつ攻撃してくるかわからない状態であれば、先にこちらから相手を制圧してしまえば自分や周囲の安全を確保できると考えるのも自然な心理です。
さらに、ビジネスの世界では先制的な行動が戦略として採用されることが多く、予定されている競合の参入前に市場を押さえ込もうとする先手必勝の戦略が広く実践されています。このように、先制攻撃という考え方自体は決して特異なものではなく、自らの利益を守るためには有効な場合もあります。
しかし、どれほど合理的に見える先制行動であっても、法律の観点から許されるのかどうかはまた別の問題となります。とくに刑事領域では、先に攻撃を仕掛けた側が不利な立場に立たされるのが一般的であり、状況を誤って判断すれば重大な法的責任を負うことになります。先制攻撃が自衛的行動として認められるのか、それとも違法な攻撃として処罰されるのかは、法律の定める要件に照らして厳格に判断されるため、感情や直感だけでは適切な結論に至らない場合が多いといえます。

正当防衛の要件を充足しない

刑法には正当防衛という概念があり、急迫不正の侵害に対して必要かつ相当な範囲で反撃した場合、一定の条件下で違法性が阻却されます。しかし、この正当防衛が成立するか否かは非常に慎重に判断され、条件が整わなければ反撃した側が犯罪者として処罰されることになります。
例えば包丁を持った男が自分に向かって近づいてくる状況を想定します。包丁という凶器を所持し、不穏な態度で接近してくる人物に対して不安や恐怖を抱くのは当然です。そのため、危険が迫っていると感じ、相手を無力化するために先に攻撃を仕掛けてしまうという判断に至る可能性があります。しかし、この状況で正当防衛が成立するかどうかは別問題です。
刑法が正当防衛を認めるための要件の一つに「急迫不正の侵害」があります。これは、相手から不法な攻撃が現実に迫っており、被害が避けられない状況にあることを意味します。しかし、包丁男の例でいえば、相手は確かに凶器を持っていますが、その段階ではまだ攻撃が開始されているわけではありません。「包丁を持っているからいずれ攻撃されるだろう」という推測だけでは急迫性が認められず、法律上の要件を満たしていません。
このため、相手がまだ攻撃を開始していない段階でこちらから先制攻撃を行うと、その行為は正当防衛として認められず、結果として傷害罪や暴行罪として処罰されてしまいます。自分の身を守るためにやむを得ない行動だったと主張しても、相手の攻撃が現実に始まっていない限り、正当防衛は成立しないのが原則です。先に攻撃した側が有罪となる理由は、法律が暴力の発生をできる限り抑制し、攻撃の連鎖を防ぐことを重視しているからです。
このように、先制的に相手を制圧することが合理的に見える場面であっても、刑法は攻撃の開始を明確な基準としているため、先に手を出した側が不利になります。正当防衛はあくまで「受けた攻撃への必要な反撃」であり、「起こりそうな攻撃への予防的攻撃」は認められないという点が極めて重要です。

民事では自由競争優先

民事の領域、すなわち個人や企業が利益を追求する場においては、刑事とは異なる評価基準が採用されています。ここでは「自由競争」の原則が重視され、市場での行動は可能な限り自由に任せられるべきだという考え方が広く受け入れられています。したがって、先に行動すること自体が法律違反になることはほとんどありません。
たとえば、新規事業に参入する際、競合が市場に入る前に先手を打ってシェアを確保することは、企業戦略として極めて一般的です。迅速に動くことで利益を独占できる可能性が高まり、その企業が優位な立場を築くことができます。また、消費者に対して他社よりも早く魅力的なサービスを提供すれば、顧客の獲得にも有利に働きます。こうした行動はすべて自由競争の範囲内であり、法律によって規制されることは基本的にありません。
さらに、民事では先に契約を締結したり、先にブランド登録を行ったりすることも非常に重要です。ビジネスにおいて権利関係を明確にしておくことは、後々のトラブルを防ぐ上で不可欠であり、早期に着手するほど有利に働くことが多いのです。独自の技術について特許出願をいち早く行えば、他者に模倣されるリスクを軽減でき、技術の独占的利用が可能となります。民事的な場面では、このように「先に動いた者が利益を得る」という仕組みが制度としても支えられています
もちろん、民事でも何でも先手必勝で良いというわけではありません。他者の財産権や信用を侵害する行為は不法行為として損害賠償の対象となりますし、不当な手段を用いた利益獲得は違法となります。しかし、適法な範囲内で迅速に行動すること自体は推奨される傾向にあり、市場の健全な活性化にもつながります。民事の世界では、情報収集能力と行動力が利益を左右する重要な要素であり、先に仕掛けることがポジティブに評価されることが多いのです。

刑事では先に手を出した方が負け

刑事の領域では、民事とはまったく異なる考え方が採用されます。刑事法の目的は、社会秩序の維持と暴力の抑制であり、個人の利益追求とは次元を異にします。このため、暴力的な衝突が発生した際には、ほとんどの場合で「先に手を出した方が悪い」という判断が下されます。
第3章の包丁男の例でも述べたように、たとえ生命の危険を感じる状況であっても、相手の攻撃がまだ開始されていない段階で先制的に攻撃すれば、それは刑法上の犯罪行為となります。刑事法は、危険が完全に現実化してからでなければ反撃を許さないため、予防的攻撃を極めて厳しく制限しています。これは、暴力の発生を最小化し、社会全体の安全を守るという観点から採用されている考え方です。
さらに、国家間の武力衝突においても、先制攻撃の評価は厳しく、先に攻撃した国が国際社会から批判を受けることが一般的です。第2章で触れたように、自国の損失を抑えるという合理的な理由があったとしても、「戦争を仕掛けた国」という評価は否定的に扱われ、国際的な非難は避けられません。これは刑事領域と同様に、武力の行使をできる限り抑制するという国際社会の原則が反映されたものです。
刑法の世界では、自身の利益を守るために先制攻撃を仕掛けるという発想そのものが大きなリスクを伴います。暴力の発生を未然に防ぐことが目的であっても、その方法として他者への攻撃を選択すれば、法的責任を負う可能性が高くなります。したがって、刑事領域では「先に動いた者が得をする」という民事の感覚はまったく通用せず、むしろ逆に「先に動いた者が損をする」構造が明確に存在します。

まとめ

競争社会においては、早く行動することが成功を左右する重要な要素であり、自らの利益を守るためには迅速な判断と行動が求められます。しかし、その価値観をそのまま法律全般に当てはめてしまうと重大な誤解につながります。民事と刑事では「先に動くこと」の意味が根本的に異なっており、それぞれの領域で求められる判断基準を正確に理解することが不可欠です。
民事の世界では、自由競争の理念のもと、先に行動することが利益獲得のための重要な手段として推奨されます。市場で優位に立つためには情報収集や意思決定のスピードが鍵となり、先制的に施策を実行することが成功の条件となる場面が多くあります。適法な範囲内で迅速に行動することは、ビジネスの世界ではむしろ当然とされ、積極的に評価される傾向にあります。
一方、刑事の領域では同じ考え方を適用することはできません。刑法は暴力を抑制するための法体系であり、先制的に手を出した側を厳しく処罰する仕組みとなっています。たとえ自らの身を守る目的であっても、相手の攻撃が現実に迫っていない段階で先に攻撃を行えば、それは正当防衛とは認められず犯罪行為となってしまいます。この点を理解しないまま行動すると、取り返しのつかない結果を招く可能性があります。
以上のように、民事と刑事では先手の評価が大きく異なるため、状況に応じた適切な判断が重要です。先に動くことが功を奏する場面もあれば、逆に法的責任を問われる場面も存在します。本稿で整理した違いを理解することで、日常生活やビジネスにおいてより適切なリスク管理が可能となるでしょう。
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