人手不足が叫ばれる中、積極的に早期退職を勧奨する企業も
現在、日本の多くの産業分野で人手不足が深刻化しています。少子高齢化による労働力人口の減少に加え、働き方の多様化や人材の流動化が進み、企業は必要な人材を確保することに大変な苦労をしています。求人を出しても応募が集まらない、採用できても定着しないといった悩みは、もはや一部の業界に限った話ではありません。中小企業だけでなく、大企業においても同様の課題が見られます。
その一方で、新聞やニュースでは「早期退職募集」や「希望退職制度の実施」といった言葉を目にすることがあります。人手が足りないと言われる時代に、なぜ企業は自ら従業員の退職を促すのでしょうか。一見すると矛盾した動きに見えますが、実際には企業の内部構造や人員構成に起因する問題が背景に存在しています。単純に「人が多い」「人が少ない」という人数の話ではなく、「どのような人材が、どこに、どれだけいるのか」という質と配置の問題が絡んでいます。
企業は事業を継続し、成長していくために組織を最適な状態に保とうとします。しかし、過去の採用や配置の結果として生じた歪みが、時間の経過とともに大きな負担となることがあります。その調整手段の一つとして、早期退職制度の活用が有効です。表面的な人手不足の議論だけでは見えてこない、企業内部の構造的事情に目を向けることが、この現象を理解する第一歩になります。そこで本稿ではこの構造を明らかにするとともに、企業のあるべき人事政策を見出すためのカギを紹介します。
スキルセットのミスマッチ
企業が展開する事業活動は、外部環境の変化に合わせて常に変わっていく必要があります。市場ニーズの変化、技術革新、競争環境の激化、法規制の改正など、企業を取り巻く環境は絶えず動いています。これに対応できなければ、企業はあっという間に競争力を失ってしまいます。そのため事業内容の見直しや新規分野への進出、既存事業の縮小や撤退といった戦略的な転換が繰り返されるでしょう。
事業活動が変われば、そこで求められる従業員のスキルセットも変化します。かつて主力だった業務に熟達した人材が、必ずしも新しい事業領域で即戦力になるとは限りません。企業はリスキリングや配置転換によって対応しようとしますが、技術革新のスピードが速い分野では、教育が変化に追いつかないこともあります。その結果、人数としては足りているのに、必要なスキルを持つ人材が不足し、別のスキルを持つ人材が余っているという状態が生まれがちです。
特にバブル期前後に大量採用された世代や、就職氷河期に特定の職種に偏って配置された世代では、キャリアの積み重ねが現在の事業構造と合わなくなっているケースが見られます。本人の能力が低いわけではなく、会社が求める方向とズレが生じているのです。このようなミスマッチが広範に発生すると、組織全体としての生産性が下がり、若手や中途採用で補いたい分野に人件費を振り向ける余力が乏しくなります。
そのため企業は、将来に向けて必要なスキルを持つ人材を確保するために、現在の人員構成を見直さざるを得ません。結果として、比較的上の世代を中心とした余剰人員の整理と、新しいスキルを持つ人材の採用を同時に進める構造が生じます。人数だけを見れば人手不足であっても、スキルの中身に着目すると余剰が存在するという二重構造が、早期退職募集の背景にあります。
解雇の回避
余剰人員が生じた場合、海外では比較的容易に解雇という手段が取られることがあります。しかし日本では、解雇に関する法的ハードルが高く、企業が一方的に従業員を辞めさせることは簡単ではありません。客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が求められ、整理解雇には厳格な要件が課されます。手続きや説明を誤れば、訴訟や労働審判に発展する可能性もあり、企業にとって大きなリスクになります。
一方で、余剰人員の多くは、著しく能力が低いわけではありません。日々の業務をこなし、一定の成果を上げている人も少なくないのです。そのような従業員に対して「能力不足」を理由に個別の退職勧奨を行うことは、実務上も心理的にも難しい面があります。評価制度との整合性や職場の士気への影響も無視できません。
そこで選択されやすいのが、一定の条件を提示したうえで広く希望者を募る早期退職制度です。退職金の上乗せや再就職支援を組み合わせることで、法的な紛争リスクを抑えながら従業員数を減らすことができます。形式上はあくまで本人の意思による退職であるため、企業側の負担は解雇よりも軽減されます。
また、組織全体に対して「構造改革の一環」というメッセージを出しやすい点も特徴です。特定の個人を狙い撃ちするのではなく、一定の年齢層や勤続年数の層を対象にすることで、表向きの公平性を保とうとします。もちろん実際には様々な配慮や水面下の調整が行われますが、制度として整えられている分、企業にとって運用しやすい手法です。
このように、日本の雇用慣行と法制度の下では、人数を減らしたいが解雇は避けたいという場面で、早期退職は現実的な選択肢となります。人手不足という全体像の裏で、局所的な人員過多を処理するための仕組みとして活用されているのです。
人生のリスタートの支援
企業側の都合だけでなく、従業員側の事情も早期退職制度が機能する一因になっています。長年同じ会社に勤めてきた人の中には、自分のキャリアが停滞していると感じる人もいます。重要な仕事から外される、補助的な業務が中心になる、新しい挑戦の機会が少ないといった状況が続くと、仕事への意欲が低下してしまうことがあります。
そうした人の中には、内心では転職や独立を考えながらも、生活の安定や年齢への不安から一歩を踏み出せないケースが少なくありません。特に家族を抱えている場合、収入が途切れるリスクは大きな心理的負担になります。そのため現状に不満があっても、惰性的に勤め続けることになりがちです。
早期退職制度では、通常よりも手厚い退職金や再就職支援が提示されることがあります。これは企業にとっては人員構成を見直す手段ですが、従業員にとっては新しい人生を始めるための資金的・心理的後押しにもなります。まとまった資金があれば、資格取得の勉強に専念したり、以前から興味のあった分野に挑戦したりする余裕が生まれます。
また、制度として用意されていることで、本人が「会社に見放された」という感覚よりも、「一つの区切りとして新しい道を選ぶ」という前向きな受け止め方がしやすくなります。もちろんすべての人にとって最適な選択とは限りませんが、会社に残り続けることだけが正解ではないという価値観が広がる中で、選択肢の一つとして意味を持っています。
企業と従業員の利害が部分的に一致する場面では、早期退職は対立的な措置ではなく、双方にとって納得感のある結論につながることもあります。組織の再編と個人のキャリア再設計が交差する点に、この制度のもう一つの側面があります。
一歩先を見た人材整備を
余剰人員の整理が進んだとしても、それだけで企業の課題が解決するわけではありません。むしろ重要なのは、その後にどのような人材構成を築くかという点です。不足しているスキルを持つ人材を確保できなければ、単に人数を減らしただけで現場の負担が増し、組織の活力が低下する恐れがあります。
そのため企業は、現在だけでなく将来を見据えた人材整備を行う必要があります。自社の事業が今後どの分野に注力し、どの領域を縮小するのかを明確にしたうえで、どのようなスキルセットを持つ人材がどれだけ必要になるのかを具体的に洗い出すことが出発点になります。ここが曖昧なままでは、早期退職と採用を繰り返しても、同じミスマッチが再発するだけです。
必要な人材をどのように確保するかについても、選択肢は一つではありません。社内の人材をリスキリングして育成する方法と、外部から中途採用で獲得する方法があります。前者は時間がかかるものの、企業文化への適応や定着率の面でメリットがあります。後者は即戦力を得やすい反面、採用競争が激しくコストも高くなりがちです。分野ごとに適切な組み合わせを考える必要があります。
特にAIやデータ活用、デジタル分野などでは、今後も深刻な人材不足が続くと見込まれます。こうした領域では、外部市場に頼るだけでは十分な人数を確保できない可能性が生じがちです。早い段階から社内で基礎的な教育を進め、将来の中核人材を計画的に育てていくことが重要になります。
事業の方向性、人材の量と質、育成と採用のバランスを総合的に考えながら組織を設計することが求められます。早期退職の募集は単発のコスト削減策ではなく、こうした長期的な人材戦略と一体で進めることが大事です。一歩先を見た人材整備が伴わなければ、同じ矛盾が何度も繰り返されることになります。
まとめ
人手不足が深刻だといわれる時代に、企業が早期退職を募る背景には、単純な人数の過不足では説明できない構造的な事情があります。事業環境の変化によって求められるスキルが変わり、社内の人材構成との間にミスマッチが生じることが出発点です。人数としては足りないのに、特定の分野では人が余るという歪みが、組織運営を難しくします。
日本では解雇のハードルが高いため、余剰人員を減らす手段として早期退職制度が選ばれやすいという制度的背景もあります。法的リスクを抑えつつ人員構成を見直す現実的な方法として活用されているのです。同時に、キャリアの転機を求める従業員にとっては、退職金の上乗せや支援制度が新たな挑戦を後押しする役割も果たします。
しかし、早期退職はあくまで手段にすぎません。真に重要なのは、その後の人材整備です。将来の事業展開を見据え、どのようなスキルを持つ人材が必要なのかを明確にし、社内育成と外部採用を組み合わせて計画的に体制を整えることが不可欠です。これを怠れば、再びミスマッチが拡大し、同じ問題が繰り返されます。
早期退職と人手不足が同時に存在する現象は、企業が変化に適応しようとする過程で生じる調整の表れです。表面的な矛盾の裏にある構造を理解することで、企業の人事政策をより建設的に捉えることができます。
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