飲食店がジリ貧に
飲食店を取り巻く経営環境は、ここ数年で急激に厳しさを増しています。原材料費の高騰、エネルギー価格の上昇、人手不足による人件費増加など、複数のコスト増要因が同時に押し寄せているためです。特に飲食業は、これらのコスト上昇を販売価格に転嫁しにくい業種だと言われています。
実際、帝国データバンクの調査によれば、飲食店の価格転嫁率は32.3%にとどまり、全業種平均の39.4%を大きく下回っています。この数字は、飲食店が他業種と比べて値上げを抑えてきた現実を端的に示しています。消費者にとって外食は「贅沢」や「楽しみ」の側面が強く、価格に対する心理的抵抗が生じやすい分野であることも、この背景にあります。
値上げを行えば、来店客数が減り、売上が落ちるのではないかという不安が常につきまといます。一方で、値上げを見送れば、原価率が上昇し、粗利が圧迫されます。結果として、売上は維持できているように見えても、手元に残る利益は減少し、資金繰りは徐々に悪化していきます。この状態が続くと、設備投資や人材育成に回す余力がなくなり、競争力そのものが低下するという悪循環に陥ります。
こうした状況は、単なる一時的な不調ではなく、構造的な問題として飲食店経営者を悩ませています。日々の営業努力だけでは解決しにくく、経営判断としての「価格」に正面から向き合わざるを得ない局面に来ていると言えるでしょう。そこで本稿では、飲食店がジリ貧から脱却するために不可欠となる価格戦略のポイントについて、段階的に整理しながら解説していきます。
価格転嫁しにくい理由
飲食店が価格転嫁を進められない理由として、まず挙げられるのが競争環境の厳しさです。飲食業界は参入障壁が低く、同一エリアに似た価格帯や業態の店舗が並立しやすい構造にあります。そのため、わずかな値上げであっても、顧客が他店へ流れてしまう可能性を常に意識せざるを得ません。特にランチや日常使いの店舗では、数十円から数百円の差が来店動機に直結することも珍しくありません。
次に、消費者側の事情も無視できません。近年の物価高は、食品や光熱費、住宅費など生活全般に及んでおり、家計の余裕は確実に削られています。その結果、外食は真っ先に節約対象となりやすく、値上げをきっかけに外食頻度を下げる消費者も増えています。飲食店にとっては、価格を上げる行為そのものが需要減少を招くリスクを伴うのです。
さらに、飲食店側が価格転嫁の必要性を十分に説明できていない点も大きな要因です。原材料費や人件費が上がっていることは広く知られているものの、「どれほど経営を圧迫しているのか」「なぜ今、価格改定が必要なのか」を具体的に伝えている店舗は多くありません。その結果、顧客からは「まだ努力の余地があるのではないか」という印象を持たれやすくなります。
このように、競争の激しさ、消費者心理、説明不足という複数の要因が重なり、飲食店は価格転嫁をためらい続けてきました。しかし、これらの理由を理解したうえで対処しなければ、コスト上昇の影響は確実に経営をむしばんでいきます。価格転嫁が難しい理由を正確に把握することは、次の一手を考えるための重要な前提となります。
誠実な協議をする努力義務
価格転嫁を巡る環境に変化をもたらす制度として注目されているのが、2025年6月に成立し、2026年4月に全面施行される「食料システム法」です。この法律は、食料分野における取引の適正化を目的とし、コスト上昇局面での価格協議に一定のルールを与えるものです。
この法律の特徴は、コスト上昇に伴う協議の申し出があった場合、事業者に対して「誠実に協議に応じること」を努力義務として課している点にあります。これにより、生産者や仕入れ業者は、単なるお願いではなく、法的根拠をもって価格交渉を行いやすくなります。これまで一方的に価格を押し下げられてきた立場の事業者にとっては、大きな前進と言えるでしょう。
一方、飲食店の立場から見ると、仕入価格の上昇を受け入れざるを得ない場面が増えるため、短期的には負担増につながる可能性があります。しかし、この法律の本質は単なる値上げの強制ではありません。協議を通じて、なぜ価格が上がるのか、その背景や内訳が明確になる点に大きな意味があります。
こうした協議の内容は、飲食店自身が経営判断を行う際の重要な材料になります。仕入れ価格の上昇が一時的なものなのか、構造的なものなのかを理解できれば、価格改定や経営方針の検討にも説得力が生まれます。結果として、価格に対する意思決定を感覚ではなく、合理的な根拠に基づいて行えるようになります。
この法律は、飲食店にとって負担であると同時に、価格戦略を見直すための情報を得る機会を提供する制度でもあります。制度を正しく理解し、交渉の内容を自店の経営にどう活かすかが、今後ますます重要になっていきます。
コスト構造の見える化
物価高が進んでいること自体は、多くの人が理解しています。しかし、「それでもまだ企業努力で吸収できるのではないか」という認識が社会全体に残っているのも事実です。この認識のギャップを埋めるために欠かせないのが、コスト構造の見える化です。
まず重要なのは、経営者自身が自店の収益構造を正確に把握することです。売上や仕入総額だけでなく、商品ごとの原価率、利益額、人件費の配分などを細かく分析することで、どこに負担が集中しているのかが明確になります。物価高によって、どの材料がどれほど利益を圧迫しているのかを数字で理解できるようになります。
この見える化は、経営判断の質を大きく高めます。感覚的に「厳しい」と感じている状態と、具体的な数字で収益減少を把握している状態とでは、意思決定の精度がまったく異なります。数字を把握することで、価格改定の必要性や、その影響範囲を冷静に検討できるようになります。
さらに、見える化された情報は、対外的な説明にも活用できます。顧客に対しても、漠然とした理由ではなく、具体的な背景を示すことで、値上げに対する理解を得やすくなります。そのためには、管理会計を導入し、原材料費や人件費が一定割合変動した場合に利益がどう変わるのかを分析する感度分析が有効です。
このような取り組みは短期的な負担が大きいものの、長期的には経営の安定につながります。コスト構造を見える化することは、価格戦略の基盤を作る作業であり、避けて通ることのできない重要なプロセスです。
割安な材料仕入による柔軟なメニュー設計
飲食店経営において、仕入価格の季節変動は避けられない問題です。野菜、魚介類、畜産物などは、天候や需給バランスの影響を強く受け、時期によって価格が大きく変動します。こうした材料を前提とした固定的なメニュー構成は、原価管理の面で大きなリスクを抱えることになります。
特に、価格変動の大きい材料を使ったメニューを通年で提供し続ける場合、仕入価格が高騰した際の影響を直接受けます。その結果、原価率が急上昇し、利益が圧迫されても、簡単には価格改定できないという状況に陥ります。このようなリスクに対処するために有効なのが、割安な材料を活用した柔軟なメニュー設計です。
季節ごとに比較的安定して仕入れられる材料や、その時期に割安となる食材を中心にメニューを構成することで、仕入コストの上昇を抑えることができます。顧客にとっても、季節感のあるメニューは魅力的に映りやすく、内容が変わること自体が付加価値となります。そのため、価格そのものを大きく変えなくても、満足度を維持しやすくなります。
また、メニュー構成を柔軟にすることで、価格変動リスクを分散させることができます。特定の高騰食材に依存しない設計を行えば、仕入価格の変化に対する耐性が高まります。これは、価格転嫁を行うかどうかの判断にも余裕をもたらします。
さらに、柔軟なメニュー設計は、価格戦略と現場運営を結びつける実践的な手法でもあります。仕入、調理、提供の各段階を連動させることで、コスト管理と顧客満足の両立が可能になります。割安な材料を活用する工夫は、価格に頼らない経営改善策として、今後ますます重要性を増していくでしょう。
まとめ
飲食店の価格戦略を考えるうえで重要なのは、単に値上げをするか否かという二者択一ではありません。物価高が続く中で、価格に手を付けずに経営を続けることは、結果としてジリ貧を招くリスクが高まります。一方で、根拠や準備が不十分な値上げは、顧客離れを引き起こしかねません。
まず、飲食店が置かれている厳しい環境を正しく認識し、なぜ価格転嫁が難しいのかを整理することが出発点となります。そのうえで、制度面の変化や取引環境を理解し、自店の経営判断に活かす姿勢が求められます。価格は経営の結果として自然に決まるものではなく、意識的に設計すべき重要な要素です。
また、コスト構造を見える化し、数字に基づいた判断を行うことで、価格に関する議論は感情論から脱却できます。さらに、仕入れとメニュー設計を柔軟に連動させることで、価格変更に頼らない対応策も検討可能になります。これらの取り組みは、短期的な対処にとどまらず、長期的な経営体質の改善につながります。
飲食店が今後も持続的に事業を続けていくためには、価格戦略を「避けて通れない経営課題」として正面から捉える必要があります。現状を直視し、できるところから一つずつ取り組むことが、ジリ貧から抜け出すための現実的な第一歩となるでしょう。
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