全産業で人手不足が叫ばれるが
どこの業界でも「人が足りない」という声が聞かれます。製造業ではラインを止めざるを得ない事態が生じ、建設業でも現場を回せるだけの作業員を確保できず、工期遅延が当たり前になりつつあります。サービス業に至っては慢性的な人手不足によって営業時間を短縮し、顧客対応の品質にも影響が出ているケースが増えています。本来であれば、人員を増やして業容を広げたり新規事業に挑戦したりできる企業であっても、採用活動が思うように進まず成長機会を逃しているという声は珍しくありません。さらに、深刻なケースでは必要な人員を確保できずに倒産する「人手不足倒産」すら発生しており、企業経営における採用・定着の重要性があらためて強調されています。
確かに、少子化が進んでいる以上、労働市場全体の労働力人口が減少していることは事実です。しかし、それでも国内には数千万の働く人々がいます。「人手不足」という現象の裏には、単に人口が減ったという表面的な理由だけではなく、企業側が掲げる採用要件と実際の労働者像とのミスマッチが潜んでいるケースが多いです。だからこそ、採用できない原因を外部環境にのみ求めるのではなく、自社の採用方針や人材観そのものが適切かどうかを見直す必要があります。
そこで本稿では、こうした人手不足の状況においても、うまく人材を獲得し、採用した人が長く活躍し続けられる組織をつくるために何が必要なのかを考えていきます。採用がうまくいかないと嘆く前に、企業がどのような観点で採用方針を再構築していくべきか、そしてどのような視点を持つことで人材が「集まり、定着し、成長する」組織をつくれるのか。人手不足が続く時代でも企業が発展を続けるための採用方針について、順を追って解説します。
希望する人材像を具体化し過ぎ
人手不足に悩む企業に共通して見られるのが「欲しい人材像の具体化し過ぎ」です。求人票には「即戦力」「〇〇業界での実務経験5年以上」「マネジメント経験必須」など、条件がずらりと並びます。もちろん、企業として一定のスキルや経験を求めること自体は悪いことではありません。しかし条件を積み上げていくと、結果として該当者が著しく限定され、応募が極端に少なくなるという事態が多くの企業で起きています。
即戦力を求めるあまり、熟練者だけに絞ってしまうと、そもそも労働市場に存在しない人材を探し続けることになります。あるいは、別の企業にすでに高待遇で雇われている人材を奪い取る形になり、採用競争が激化して採用コストばかりが高くなることもあります。こうして採用基準を絞り込むほど、自社に合った人が応募してこないという矛盾が生まれてしまいます。
さらに、採用活動では「人手が足りなくなってから慌てて募集する」というケースが少なくありません。しかし人手不足に陥ってから即戦力を求めても、応募が集まらず、採用の空振りが続きます。これは、採用を短期的な欠員補充として捉えてしまうことに原因があります。本来、採用は将来を見据えた長期的な投資であるべきであり、必要な人手が生じる前に早めに人材を確保し、内部で育成するという発想が欠かせません。
採用要件を絞り過ぎると、最終的には「誰も応募してこない」という結末に至りがちです。求める基準を十分に理解しつつも、応募者のポテンシャルや成長余地を見極める柔軟性が求められます。人材を「出来上がった状態」で獲得しようとするだけでは、採用市場の現実とのギャップは埋まりません。採用基準の見直しは、人手不足の解消に向けた第一歩です。
経営目線で欲しい人材像を明確にする
採用活動を現場主導で行っている企業ほど、「即戦力」を求める傾向が強くなります。現場は日々の業務で手一杯であり、新しい人材を教育する余裕がないと感じてしまいがちです。結果として、採用段階で「すぐに戦力になる人」「教育が不要な人」を求めてしまい、先述のように応募者が極端に限定される事態が生じます。現場の声は重要ですが、採用方針を現場だけの視点で決めてしまうのは危険です。
そこで必要になるのが、経営目線での人材像の明確化です。企業が採用する人材は、単なる人手ではなく「人的資本」であり、長期的に育成しながら企業の成長を支える存在です。「どのようなスキルを持つ人が必要か」だけではなく、「どのように成長できる人か」「企業文化になじみ、未来の変化に柔軟に対応できるか」という視点が求められます。
経営目線での人材像を明確にするためには、将来の事業展開や組織構造の変化も踏まえた上で、人材がどのような役割を担っていくべきかを考える必要があります。たとえば、新規事業が増えるのであれば、未知の領域に挑戦しながら自分で考えて動ける人が必要になります。あるいは、社内のデジタル化を進めたいのであれば、新しい技術や仕組みに対して好奇心を持って積極的に学べる人物が向いています。
重要なのは、経験やスキルを細かく並べ立てることではありません。むしろ、採用後にどのように成長し、企業に貢献できるかという「伸びしろ」を見極めることです。また、ポテンシャル採用を機能させるためには教育体制の整備も欠かせませんが、後述する通り人的資本を投資対象として捉えることで、教育と育成を組織文化として根づかせることができます。
優秀な人材は外から連れてくるものではなく、内部で育てていくものです。そのためにも、経営が主体となって「どのような人を、どのように伸ばしていくか」を定めることが、採用活動における重要な出発点になります。
エンゲージメントを重視した職務で定着を促す
人手不足が深刻化している背景には、雇用の流動化の進展があります。転職市場が活発化し、以前よりも短い期間で仕事を変えることが一般的になりました。その結果、人材を採用してもすぐ辞めてしまい、採用活動が永遠に終わらない「採用スパイラル」に陥る企業も増えています。
人が辞める理由はさまざまですが、近年特に多いのが「仕事にやりがいを感じられない」「成長している実感がない」という理由です。どれほど待遇が良くても、働く本人が仕事に価値を見出せなければモチベーションは続かず、転職という選択肢が頭をよぎります。企業側が「仕事とはこういうものだ」と押しつけるだけでは、現代の労働者を引き留めることはできません。
そこで鍵となるのが、エンゲージメントを意識した職務設計です。エンゲージメントとは、従業員が仕事や組織に対して主体的に関わろうとする姿勢を指し、「働かされている」状態ではなく「自ら働きたい」と思える環境のことです。しかし、多くの企業では組織目線だけで仕事を割り振る傾向があります。ピースを埋めるように作業を分配すると、確かに業務は効率化されますが、個々の従業員の志向や興味、強みが考慮されません。
エンゲージメントを高めるためには、従業員が何に価値を感じるのか、どのようなキャリアを描きたいのかを踏まえた職務設計が不可欠です。例えば、単調な作業が続く部署であっても、裁量を少し与えたり、新しい提案の場を設けたりするだけで仕事の意味づけは大きく変わります。また、本人の得意分野や興味に合わせてプロジェクトへの参加機会を提供することで、仕事に対する内発的なモチベーションが育まれます。
エンゲージメントは採用と定着を左右する重要な要素です。採用した人材を活かし、長く働きたいと思ってもらうためには、個々の従業員の志向に寄り添う職務設計が求められます。これにより、採用活動における負担も中長期的に軽減されることになります。
人的資本は伸ばしていくもの
従業員は企業が収益を生み出すための重要な源泉であり、単なるコストではありません。労働市場が変化し、人材の争奪戦が厳しくなるほど、企業は「人を採用し、育て、活かす」という視点を強く求められます。これは人的資本経営の基本的な考え方でもあり、人材に対する投資を将来の価値創出につなげる仕組みです。
人的資本として人材を捉えると、「出来上がった人材を採用する」という発想から、「伸びていける人材を育成する」という発想へと転換できます。採用段階で完璧な人物を求めるのではなく、成長する環境や学習機会を提供することで、長期的な企業価値の向上につながります。人材投資は短期的にはコストに見えますが、定着率の向上、生産性の改善、そして組織文化の成熟といった大きな成果をもたらします。
また、企業が収益を上げるために従業員へ過度な要求を課してしまうと、逆にモチベーションが下がり、離職につながってしまいます。仕事を成長の場として捉え、企業と従業員が相互にメリットを享受できる関係を築くことが大切です。従業員が成長すれば、その成果は自然と企業に還元され、組織全体の競争力向上にも寄与します。
現代の企業経営において、人的資本への投資は避けて通れません。教育制度の整備、キャリア開発の支援、働きやすい職場環境の構築など、さまざまな取り組みを通じて従業員の成長を後押しすることが求められます。人手不足が続く時代だからこそ、内部から人材を育てていく姿勢が、企業の未来を切り開く重要な鍵となるのです。
まとめ
人手不足は、多くの企業にとって深刻な経営課題となっています。しかし、人材の奪い合いが激化する今だからこそ、採用方針そのものを見直す絶好の機会でもあります。本稿で見てきたように、採用要件を具体化し過ぎれば応募者を狭めてしまい、結果として採用が進まなくなります。まずは応募者の成長ポテンシャルに目を向ける柔軟な姿勢が不可欠です。
さらに、採用方針は現場だけでなく経営が主導して考えることが求められます。企業の将来像を踏まえた人材育成の視点を持つことで、採用後の成長も見越した人材選びが可能になります。また、採用した人材が長く活躍できる環境を整えるためには、エンゲージメントを高める職務設計が欠かせません。一人ひとりが主体的に働ける職場であれば、離職率も自然と下がり、採用の負担も軽減されていきます。
そして、従業員を人的資本として捉え、長期的に投資する考え方は今後ますます重要になっていきます。教育やキャリア支援は単なる福利厚生ではなく、企業価値を向上させるための戦略的な投資です。人材が成長し、それに伴って組織も強くなるという循環を生み出すことが、人手不足の時代を乗り切る最大の武器になります。
採用できない理由を外部環境だけのせいにするのではなく、自社が人をどう捉え、どのように育てたいのかを再考することが大切です。人材は企業の未来を創る中心的な存在であり、その価値を最大限に引き出すための採用方針こそ、経営の根幹に据えるべき課題といえます。
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