老舗の廃業対策、残すべきものと変えるべきもの【弁護士×MBAが解説】

事業再生

老舗の廃業が増加

老舗企業の廃業が、近年明確な増加傾向を示しています。新聞や業界紙でも、長年地域に根ざしてきた企業が静かに幕を下ろす事例が繰り返し報じられるようになりました。老舗とは一般に創業百年以上の企業を指し、単に長く続いているというだけでなく、社会や地域から一定の信頼を積み重ねてきた存在です。そのため、老舗の廃業は単なる一企業の問題にとどまらず、地域経済や文化の衰退として受け止められることも少なくありません。
老舗企業はこれまで、戦争や災害、景気後退、技術革新といった数多くの試練を乗り越えてきました。物資不足の時代や消費が冷え込む局面においても、工夫を重ね、顧客との信頼関係を維持することで生き延びてきた歴史があります。その意味では、本来であれば変化への耐性が強い企業であるはずです。
しかし、現在の環境変化は、過去の延長線上では捉えきれないほど急激かつ複合的です。デジタル化の進展による商流の変化、人口減少と高齢化による市場縮小、消費者の価値観の多様化、さらにはグローバル資本の流入など、複数の変化が同時並行で進行しています。これらは部分的な対応では吸収しきれず、経営の根本に影響を及ぼします。
老舗企業の多くは、過去の成功体験を否定せず、むしろそれを誇りとしてきました。その姿勢自体は決して誤りではありませんが、問題は「成功の理由」を十分に言語化できていない点にあります。なぜ自社は長く続いてきたのか、何が評価されてきたのかを整理できていない場合、変化の中で何を守り、何を変えるべきかの判断が曖昧になります。
結果として、環境変化に直面した際に、場当たり的な対応に終始したり、逆に一切の変化を拒んだりする極端な選択に陥りがちです。その延長線上にあるのが、採算悪化や後継者不在を理由とした廃業です。そこで本稿では、老舗企業が今後も存続していくために、変えるべきものと残すべきものを整理する視点を提示していきます。


黒門市場や錦市場が様変わり

老舗企業の置かれている環境変化を象徴的に示す例として、黒門市場や錦市場の変貌があります。これらの市場は、もともと地域住民の台所として機能し、鮮魚や青果、乾物などを扱う老舗が集積することで独自の価値を形成してきました。日常的な買い物の場であると同時に、商人と顧客の信頼関係が自然に育まれる空間でもありました。
しかし近年、これらの市場は観光客、とりわけ訪日外国人を主要なターゲットとする空間へと大きく変化しています。食材を持ち帰って調理するために購入するのではなく、その場で食べ歩きを楽しむスタイルが主流となり、商品の形態や価格設定、店舗構成そのものが変わってきました。市場は生活インフラというより、体験型の観光施設に近い性格を帯びています。
この変化を後押ししているのが、外部資本の積極的な参入です。特に中国資本などは、短期的な収益性を重視し、複数店舗を一気に展開することで市場の雰囲気を急速に塗り替えていきます。家賃相場の上昇や競争環境の激化により、従来型の商売を続けてきた老舗は、経済的にも心理的にも強い圧力を受けることになります。
その結果、老舗企業の中には、本来の強みであった品質や専門性、対面での説明といった価値を十分に発揮できないまま、周囲に合わせた商品構成へと転換せざるを得なくなるケースも見られます。市場全体の方向性に引きずられることで、何のためにその商売を続けてきたのかという根本的な問いが曖昧になっていきます。
町が変わること自体は必ずしも悪いことではありません。しかし、その変化の中で老舗が自らの立ち位置を見失うと、長年培ってきた価値は急速に薄れてしまいます。このような環境変化は、老舗企業にとって避けられない現実であり、冷静な分析と判断が求められます。

インバウンド対応のメリットとリスク

インバウンド対応は、老舗企業にとって避けて通れない経営テーマの一つとなっています。訪日外国人観光客は、短期間で集中的に消費を行う傾向があり、限られた売場面積や人員でも高い売上を確保できる可能性があります。特に、食品や工芸品など日本独自の文化的背景を持つ商品は、インバウンドとの親和性が高く、価格競争に巻き込まれにくい点が魅力です。
また、国内市場が縮小する中で、インバウンドは貴重な成長余地を提供します。少子高齢化が進む日本では、今後も可処分所得を持つ人口が大幅に増えることは期待しにくく、地域経済の維持には外部からの需要を取り込む視点が不可欠です。インバウンド対応は、人と資本を同時に呼び込める点で、合理的な選択肢と言えます。
一方で、インバウンド依存度が高まりすぎることのリスクも無視できません。コロナ禍では、訪日外国人がほぼゼロになるという極端な事態が発生し、多くの観光地や商店街が深刻な打撃を受けました。この経験は、外部要因によって需要が一瞬で消失する可能性を、現実のものとして示しました。
さらに、インバウンド向けのビジネスモデルは、確立された正解が存在しません。文化的背景や嗜好が異なる顧客を相手にするため、価格設定や商品構成、接客方法のすべてにおいて試行錯誤が求められます。既に確立された強みを持つ老舗企業ほど、新たな顧客層に合わせる過程で、その強みが曖昧になる危険性もあります。
インバウンド対応は魅力的である一方、経営の軸を揺るがしかねない要素も併せ持っています。そのメリットとリスクを冷静に見極める姿勢が、老舗企業には求められます。


理念と事業承継

老舗企業が百年以上にわたり存続してきた背景には、必ずと言ってよいほど明確な企業理念の存在があります。商品や技術、立地条件は時代とともに変化しますが、「何のために商売をするのか」という根本的な問いに対する答えが一貫していたからこそ、世代を超えて事業が受け継がれてきました。
企業理念は、経営判断の基準として機能します。短期的な利益を追求するか、長期的な信頼を優先するかといった判断は、理念が明確でなければ場当たり的になりがちです。老舗企業は、この理念を軸にしながら、商品構成や販売方法といった表層部分を柔軟に変えてきました。
しかし、理念は時代の変化に合わせて解釈し直されなければ、形骸化する危険性があります。過去には意味を持っていた言葉が、現代の社会環境や顧客意識の中では十分に伝わらなくなることもあります。そのため、理念を現代に即した形で再構成し、その意義を明確に言語化する作業が不可欠です。事業承継においても、理念の承継は極めて重要です。株式や経営権を形式的に引き継ぐだけでは、老舗としての本質は維持できません。後継者が理念を理解し、自身の判断基準として使いこなせる状態になって初めて、真の承継が成立します。
理念が共有されていなければ、環境変化への対応は属人的になり、組織としての一貫性を失います。老舗が今後も存続していくためには、理念を中心に据えた承継プロセスを構築することが不可欠なのです。


場所にはこだわらない

老舗企業は、創業地や長年営業してきた場所に強い思い入れを持つ傾向があります。その土地で積み重ねてきた信用や人間関係は、企業の無形資産であり、簡単に代替できるものではありません。しかし、環境が大きく変化した場合、その場所が必ずしも企業理念の実現に適しているとは限らなくなります。
黒門市場や錦市場のように、地域全体がインバウンド対応へ大きく舵を切った場合、商売の前提条件そのものが変わります。客層、価格帯、求められる商品形態が変化し、周囲の店舗との競争軸も大きく異なってきます。その結果、理念に基づいた丁寧な商売が難しくなるケースが出てきます。
このような状況において重要なのは、場所そのものを守ることではなく、理念を守ることです。周囲の環境がノイズとなり、本来提供したい価値が正しく伝わらなくなっているのであれば、移転という選択肢を検討することは合理的です。移転は逃げではなく、理念を次世代へつなぐための戦略的判断です。
また、社屋や設備は永続的なものではありません。多くの場合、五十年程度で大規模な更新や建て替えが必要になります。このタイミングは、単なる物理的更新ではなく、経営のあり方を見直す機会でもあります。どのような環境であれば理念を最も実現しやすいのかを再検討することは、老舗が将来に向けて持続可能な形を選び取る行為です。
場所へのこだわりを見直すことは、伝統を捨てることではありません。むしろ、理念という老舗の本質を守るために、変えるべきものを変えるという前向きな決断なのです。

まとめ

老舗企業の廃業が増加している背景には、急激な環境変化と、それに対する対応の難しさがあります。長い歴史を持つ企業ほど、過去の成功体験や地域との関係性に縛られ、柔軟な判断が遅れがちになります。しかし、老舗が本当に守るべきものは、形としての伝統ではなく、理念という無形の資産です
市場や町の姿が変わり、インバウンド対応が進む中で、収益機会は確かに拡大しています。その一方で、依存度が高まりすぎれば、外部環境の変化に翻弄されるリスクも増大します。老舗企業に求められるのは、流行に流されることではなく、自社の軸を明確にしたうえでの選択です。
理念を現代に即した形で再構成し、それを後継者に確実に承継していくことは、時間と労力を要します。しかし、このプロセスを省略してしまえば、老舗は単なる古い企業になってしまいます。理念が生きてこそ、老舗であり続ける意味が生まれます。
また、創業地や場所へのこだわりも、理念実現の観点から再検討する必要があります。環境が理念の実現を妨げるのであれば、移転という選択肢を持つことは、老舗の未来を守る行為でもあります。変えるべきものを恐れずに変え、残すべきものを意識的に残すことこそが、老舗が次の百年へ進むための条件と言えるでしょう。
当研究所では企業の生い立ちや伝統を理解したうえで、時代に即して再構成すべきものとそうでないものを分別し、創業者の想いを組みながら次の100年を生き残る企業経営を支援いたします。下記よりお気軽にご相談ください。

    コメント

    タイトルとURLをコピーしました