退職金課税の見直し議論が始まる
高額医療制度の負担割合の政策が二転三転する中で、退職金課税の見直しも進められています。
退職金は現状は1つの企業に長く勤めた人が多く支払うことの多い傾斜のかかった制度ですが、国が今、退職金課税の見直しの議論を始めた背景には、企業内で居場所を見つけられない人材はどんどん転職して活躍の場を求め、それにより国全体の生産性をあげようという狙いがあります。
そのためには、転職を繰り返す人材には不利な退職金税制を見直すべきだという意見は数年前から盛んで、議論が進められているのですが、これを進めると、解雇されずに会社にしがみついている人は退職金受領に際してより多くの税金を支払う必要が生じます。
そこで本稿では、退職金課税見直しの概要と影響を説明します。
退職金課税が20年目から控除額が増える理由
現状の退職金課税は、採用から20年目までは控除額が年40万円。その後は年額が70万円に跳ね上がります。すなわち、長く1つの会社に勤めれば勤めるほど控除額は大きくなり、税金の負担が消え減されるのが現行制度です。
なぜ現行制度がこうなっているかというと、退職金は各年度の年額報酬に一定比率を乗じて積み立てられることが多く、長く勤めれば勤めるほど、年度の退職金積立額が大きくなり、その結果退職金総額は後ろへ行けば行くほど加速度的に増加していくためです。現行の所得税法は、こうした勤務歴後期に退職金が右肩上がりに増えていく傾向に対応し、税負担を軽減するために長く勤めれば勤めるほど控除額も加速度的に増えていく仕組みを採用したと考えられています。
両者の違いと改正の方向性
具体的な数字を見ていきましょう。Aさんは2つの企業に15年ずつ勤務し、両社から750万円ずつ合計1000万円の退職金を得ました。Bさんは1つの企業に30年勤務し、同社から1500万円の退職金を得たとします。獲得した退職金額は同じです。
しかし、Aさんの控除額は40×15×2=1200万円でこれを差し引いた残額の半分にあたる300万円について所得税を納めなければなりません。これに対し、Bさんは40×20+70×10=1500万円の控除を受けられるため、所得税を納める必要はありません。
同じ20年間働いて同じ額の退職金を受け取ったのに税額が異なるのはおかしいのではないか?というのが今回の改正議論の背景にあります。
ほとんどの人が無関心な理由
とはいえ、ほとんどの方はこの議論に無関心です。それはなぜかというと、大きく2つのポイントがあります。
まず1つ目は、転職を繰り返してキャリアプランを積み上げていく人は、1つの企業にあまり長居しません。そうすると、積み上がる退職金も大した金額にはならず、年額40万円の控除の範囲に悠々収まることがあります。
2つ目は、1つの企業に勤めあげた人は退職金も数千万円単位になり、貴重な老後資金となりますが、大卒で40年勤めると、控除額も2000万円を超えてくるため、税金を支払っても十分な老後資金の確保ができていた点があります。
こうして誰も損しないから制度改正の必要性は高くないと考えられてきたことが今回の改正議論の中核にあります。
税務制度ではなく退職金規定自体の抜本的見直しを
さて、退職金課税制度にほとんどの方が無関心な理由を見てどう思われるでしょうか?特に転職を繰り返してキャリアを形成していく方にとって、税制度よりも退職金自体が少なすぎることの方が問題ではないでしょうか?数年勤務して数十万円の退職金をもらって、その程度の金額であれば老後資金ではなくキャリアップに投資しがちで、こうした層はキャリアの終盤に稼げなければ老後資金に困ることとなります。
そのため、退職金に関して重要なのは、転職者と1つの企業に居続ける人との平等を図る税制度よりも、長く勤めた人ほど高額の退職金を得られる、過度に傾斜配分された退職金算定制度の方に問題があることは容易に理解できるのではないでしょうか?そうすると今回の議論が的外れである可能性も見えてくると思います。
まとめ
退職金は貴重な老後資金であり、十分な金額が手元に残るよう計画的に準備が必要です。税制改革によって、1つの企業に長く勤める層の納税額を「若干」増やすくらいは問題ないでしょうし、転職者の退職金控除額を増やして手取りを増やす試みも重要です。
しかし、今重要なのは転職層との平等確保ではなく、転職層が不当に少ない退職金を提供されている可能性にあり、税制度としての控除額ではなく、退職金の算定制度自体がもう少し平坦に均されなければならないと考えられます。
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