あるべき姿は見えても先立つものがなければ・・
起業セミナーなどでは、「ビジョンをしっかり持ち、企業としてのあるべき姿を見据えよ」と指導されることが多いです。これは確かに正しい方向性です。どのような企業に成長したいか、どのような社会的価値を生みたいかを明確にすることは、経営判断の軸になります。しかし、現実には理想を描くだけでは経営は成り立ちません。現場の経営者にとって最大の課題は、理想と現実のギャップをいかに埋めていくかという点にあります。
多くの人が思い描く「あるべき職場」は、複数の社員がいて、それぞれが役割を果たしながらも互いにサポートし合う環境でしょう。ワンオペで慌ただしく働く状況から脱して、業務を分担しつつチームとして機能する体制を作ることは、多くの起業家が望む姿です。しかし、起業当初からその体制を整えることは容易ではありません。人を複数雇う余裕がないことも多く、また企業としての信用が十分でない段階では求人を出しても応募が集まらないという現実に直面します。
経営者が一人で営業・事務・会計・企画をこなす「何でも屋」状態に陥るのは珍しくありません。理想を描くことは簡単ですが、その理想に到達するための資金・人材・時間のいずれもが足りないのが創業期の実態です。とはいえ、いつまでもこの状態を続けるわけにはいきません。成長のためには、限られた資源の中でも着実にステップアップしていく道筋を描く必要があります。
そこで本稿では、あるべき姿に向けて企業をどのように段階的に成長させていくか、つまり「卵が先か鶏が先か」というジレンマにどう向き合うべきかを、現実的な視点から考えていきます。理想を語るだけではなく、現場の制約を踏まえながら実行可能なプロセスを積み重ねることこそ、起業後の成長において最も重要なポイントです。
まずは今できることから改善していく
起業初期は資金的な余裕がほとんどありません。先立つものがなければ新しい人材を雇うことも、設備投資を行うこともできません。そのため、最初に取り組むべきは「今ある戦力でどう利益を出すか」という課題になります。これは単に節約するという話ではなく、限られたリソースを最大限に活かすための創意工夫です。
生産性を高めるには、まず仕事のやり方を見直す必要があります。役割分担を明確にし、無駄な作業や重複した業務を省くことが基本です。例えば、経理業務や請求書発行などを自動化ツールで効率化したり、情報共有をオンラインで一元化したりするだけでも、かなりの時間を削減できます。こうした改善は新たな投資をほとんど伴わずに実施できるため、創業初期には特に有効です。
また、「収益をあげるために長時間働く」という考え方は一見まじめに見えますが、長期的には逆効果です。経営者が疲弊すれば判断力が鈍り、ミスが増えるばかりか、事業の持続性も失われます。それよりも、時間対効果の悪い仕事はあえて請けない判断が重要です。単価が低く手間ばかりかかる案件を断る勇気も、経営戦略の一つといえます。
利益を確保するためには、効率性と選択のバランスが鍵です。小規模事業だからこそ「やらないことを決める」ことが、事業の集中と持続を生み出します。今ある力をどう活かし、どう成果につなげるか。この段階での地道な改善が、後に訪れる投資の好機を引き寄せる下地になります。経営は短距離走ではなく長距離走です。焦らず、現有戦力の最適化を積み重ねることが、次の成長段階への第一歩です。
収益があがればいざ投資
日々の改善を重ね、生産性が向上して利益が安定的に出るようになった段階で、ようやく投資を検討できるようになります。投資とは、単にお金を使うことではなく、「将来の収益を生み出すために戦略的に資金を投入すること」です。この視点を欠くと、せっかくの利益を浪費してしまい、事業が再び停滞してしまう危険があります。
まず人への投資について考えます。業界全体で人手不足が深刻化しているなか、求人を出せばすぐに応募が集まるという時代ではありません。特に創業間もない企業では、知名度や信用の面で応募が少ないことも想定しておく必要があります。したがって、採用のタイミングや報酬水準を慎重に見極めることが重要です。優秀な人材ほど採用コストが高く、離職リスクもあります。無理に背伸びをせず、自社の現状に見合った採用計画を立てることが肝要です。
次に設備投資です。パソコンや機械、オフィス改装などを行う際は、単なる「買い替え」ではなく、「どれだけ収益に貢献するか」を明確に定量化して検討する必要があります。減価償却や税制優遇措置など、会計上の判断も絡むため、税理士などの専門家に相談するのが望ましいでしょう。特に中小企業では、現金流の見通しを誤ると資金繰りに直結するため、投資判断は冷静さが求められます。
さらに、投資をした後には「モニタリング」も欠かせません。投入した資金が実際にどのような成果を生んでいるのか、収益性・効率性・従業員満足度など複数の観点から検証し、次の投資判断に活かすことが必要です。投資は一度きりの決断ではなく、継続的な経営サイクルの中で磨かれていくものです。
ヒト投資の留意点
人材投資は、起業後の成長において最も難しく、同時に最も重要な要素です。人を採用してもすぐに辞めてしまう職場では、教育コストばかりが嵩み、ノウハウが定着しません。結果として業務の効率は上がらず、採用活動を繰り返すことで経営者も疲弊します。この悪循環を断ち切るには、「人を採用して終わり」ではなく、「採用してから育てる」ことを重視しなければなりません。
新人が思うように力を発揮できないのは当然のことです。最初から完璧を求めるのではなく、丁寧に接し、時間をかけて育成する姿勢が必要です。仕事のミスを単なる失敗として処理するのではなく、改善のチャンスとして扱うことが、職場への定着につながります。特に小規模事業の場合、従業員一人あたりの影響が大きいため、信頼関係を築くことが何より重要です。
教育においては、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)だけでは限界があります。日常業務だけで自然にスキルが伸びることは稀であり、意識的に学ぶ機会を与えることが欠かせません。社内勉強会や外部研修、業界セミナーなど、多様な学習の場を提供することで、従業員の意識が変わります。学ぶ姿勢を持つ人材が増えるほど、組織は柔軟で持続的な成長を遂げるようになります。
人材投資の本質は「人を定着させて伸ばすこと」です。採用費用をかけて入社してもらった以上、そこで終わらせてはいけません。人が辞めない職場づくり、そして成長できる職場づくりこそが、長期的な収益力を支える基盤となります。ヒトはコストではなく資産であり、投資の成果が最も長く続く分野でもあります。
落ち着いたところで新商品開発
経営が軌道に乗り、一定の安定を得た段階で、次に取り組むべきは「新商品開発」です。既存の商品やサービスの販売だけに頼っていると、いずれ市場の変化に取り残され、売上が減少していきます。新しい価値を生み出す取り組みは、企業の成長を持続させるために不可欠です。
もっとも、新商品開発は繁忙期に無理に行うべきものではありません。日常業務で手一杯の時期に新たな企画を進めると、既存業務の質が低下し、全体のバランスを崩しかねません。ある程度落ち着いた時期に余力を確保してから取り組むのが現実的です。
開発には感性が必要です。市場調査やデータ分析も大切ですが、最終的には「これを届けたい」という情熱と直感が新商品の魅力を左右します。そのため、開発に関わるメンバーは慎重に選定すべきです。数を増やすよりも、責任感と創造力を兼ね備えた少数精鋭のチームを編成する方が成果につながります。
また、企業全体としてどの程度の余力があるか、どの程度の予算を投入できるかを正確に把握することも欠かせません。新商品開発は失敗リスクを伴うため、全体のキャッシュフローを圧迫しない範囲で進めることが重要です。小規模な実験的リリースから始め、顧客の反応を見ながら改良を重ねる方法も有効です。大きく当てにいくよりも、試行錯誤を重ねて成功確率を高める姿勢が大切です。
新しい商品やサービスの開発を通じて、企業は自らの強みを再発見し、ブランド力を高めることができます。安定を維持するだけでは衰退する一方です。あえて挑戦することで次のステージへ進む。そのタイミングを見極める力こそ、成熟した経営の証といえるでしょう。
まとめ
起業後の成長は「卵が先か鶏が先か」という問いのように、順序が明確でないように見えます。資金がないから投資できない、投資しなければ成長しないという循環の中で、どこから手をつけるかが経営者の腕の見せどころです。
理想を描くだけでは企業は動きません。現有戦力を最大限に活用し、小さな改善を積み重ねることから始める。そして利益を上げたうえで、人や設備に戦略的な投資を行う。さらに、採用した人を丁寧に育成し、組織の基盤を固める。そのうえで余力をもって新しい価値創造に挑む。こうした段階的な発展こそが、現実的かつ持続的な成長の道筋です。
経営とは、理想を追いつつも現実を直視し続けるバランスの芸術です。焦らず、地に足をつけたステップを重ねることが、卵にも鶏にも依存しない「自律的に成長する企業」を生み出します。
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