国土交通省が置き配を標準とした宅配の新しいルールを検討
国土交通省は2025年6月、宅配業界における新たなルールとして「置き配」を標準とする方針の検討を進めていると発表しました。これまで、宅配の受け渡しは対面が基本とされてきましたが、今後は不在時に限らず在宅であっても、玄関前や宅配ボックスなど指定場所への「置き配」が基本となる可能性が出てきています。
この動きは、消費者の利便性の向上と、配達員の負担軽減の両立を目指すものであり、国としては省令の改正や業界ガイドラインの策定も視野に入れています。すでに一部の大手宅配事業者では「置き配指定」が選択可能になっており、利用者の間でも定着しつつあることが背景にあります。
また、同省は今後、関係事業者へのヒアリングやパブリックコメントを通じて、利用者の声を反映させた制度設計を目指しています。この新たな制度が正式に導入されれば、宅配のあり方が大きく変わるだけでなく、利用者側の意識や行動の変化も求められることになるでしょう。特に「置き配された荷物の管理は誰の責任か」という点について、制度的な明確化が急がれています。
そこで本稿では、こうした置き配をベースとすることの背景事情と課題、そしてその対策について解説します。
運送の担い手の深刻な不足が要因
置き配が標準化される背景には、深刻な運送業界の人手不足があります。特に宅配便の配達員については、過酷な労働環境や高齢化、若年層の運送業離れなどが重なり、人手の確保が極めて困難な状況です。
国土交通省によると、2024年時点でトラックドライバーの平均年齢は49.7歳に達し、60歳以上の比率も年々増加しています。また、国土交通省と経済産業省が連携して進める「物流の2024年問題」では、時間外労働の上限規制により、ドライバーの労働時間が最大で15〜35%減少し、最大で3割の荷物が運べなくなる可能性が指摘されていました。
こうした事情から、1件あたりの配達効率を高めることが喫緊の課題となっており、その有力な対策が「置き配」です。受取人が不在の場合でも再配達の必要がなくなるため、1日あたりに配達できる件数が増え、配達員の負担軽減にもつながります。
今後は、この人手不足が一時的な問題ではなく恒常的な課題として認識される中で、テクノロジーの導入やルールの再整備によって「非対面・非接触」が新たな配達スタンダードとなっていくでしょう。
運送の標準約款が変更。宅配の常識が変わるかも
宅配のルールは、法律の下に存在する「標準運送約款(ひな形)」に従って決められています。国土交通省は、この標準約款を見直し、置き配を原則とする方向で議論を進めています。この約款の変更が実現すれば、宅配業界における常識が大きく変わる可能性があります。
たとえば、コロナ禍ではタクシーの乗車時にマスクの着用を義務付ける内容が全国のタクシー会社の運送約款に盛り込まれたという前例があります。今回の置き配の標準化も、同様に多くの宅配事業者が一斉に約款を見直すことで、これまでの「手渡しが当たり前」という価値観が塗り替えられることになるかもしれません。
加えて、標準約款が改訂されると、宅配業者にとっては法的な根拠を持って置き配を実施できることになります。一方で、受取人側は自身の権利や義務についてより明確に理解しておく必要があります。たとえば、配達された荷物が盗難や破損の被害にあった場合、責任の所在がどこにあるのかが今後の論点となります。
このように、運送約款の変更は単なる書面上の改訂にとどまらず、消費者と事業者の関係性そのものを変える大きな転機となる可能性を秘めています。
盗難リスク
置き配の大きな課題として、盗難のリスクが挙げられます。特に戸建て住宅や団地など、共有のエントランスが存在しない居住環境では、玄関前に置かれた荷物が第三者の目に触れやすく、盗まれる可能性が高まります。
現在、多くの宅配業者は置き配完了時に荷物の写真を撮影して配達証拠とする対応を取っています。これにより配達員は責任を果たしたと見なされ、荷物が盗まれたとしても基本的には免責されるという仕組みです。しかし、これは裏を返せば、荷物の所有者である受取人が、盗難というリスクを一方的に負うことになるとも言えます。
マンションではオートロックや宅配ボックスが備わっている場合もありますが、すべての住環境にこうした設備があるわけではありません。また、集合住宅であっても建物外部に置き配されるケースもあり、セキュリティの甘い地域では被害が後を絶ちません。
このように、置き配を標準とする流れの中で、受取人の安全や権利が軽視されることがないよう、制度やルールの整備が必要不可欠となっています。盗難リスクに対する社会全体での理解と対策が求められます。
追加料金・保険・宅配BOX設置
盗難や破損といったリスクを避けたい受取人にとって、現時点で取りうる対策は主に三つあります。第一は、追加料金を支払って手渡し配達を選ぶことです。一部の宅配事業者ではオプションとして有料の対面配達を選べるようになっており、重要な荷物や高額商品についてはこうした手段が有効です。
第二は、宅配ボックスの設置です。戸建て住宅用の簡易型宅配ボックスは比較的安価に購入でき、盗難リスクを大幅に軽減できます。集合住宅の場合も、宅配ボックスが完備されている物件を選ぶことで、安心して置き配を受け取ることが可能になります。
第三は、荷物に対する保険加入です。一部のECサイトや宅配業者では、置き配時の盗難・破損をカバーする保険商品を提供しています。これにより、万一の被害に対しても金銭的な補償を受けることができます。
ただし、これらの対策はいずれも受取人側の追加負担を前提としています。そのため、置き配が標準化されるのであれば、公的支援制度や業界全体での保険料低減といった、負担軽減策の検討も今後の課題となるでしょう。
まとめ
置き配の標準化は、宅配業界の労働力不足という深刻な課題に対する有効な解決策の一つです。しかし、それが新たな標準となるには、盗難リスクや利用者保護といった問題への十分な対処が必要です。
国土交通省による制度設計や標準約款の見直しが進めば、今後、宅配の「常識」は大きく変わることになります。私たち利用者も、自宅の状況や荷物の重要度に応じて適切な受取手段を選択する知識と判断力が求められます。
「便利」だけでなく「安全」や「安心」も両立させるためには、消費者・事業者・行政の三者が連携して、新しい宅配文化を作り上げていく必要があります。
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