ニチレイがサイバー攻撃を受けて物流が混乱
先日、ニチレイの物流システムがサイバー攻撃を受け、物流に大きな混乱が生じました。物流は社会の基盤を支える重要なインフラであり、一社のシステム障害であっても、その影響は自社だけにとどまらず、取引先や消費者にまで広がる可能性があります。特に全国規模で物流網を構築している企業が攻撃を受けると、配送計画や在庫管理、出荷指示など様々な機能が停滞し、物流全体の流れに大きな支障が生じます。
ニチレイは冷凍食品物流において非常に高いシェアを持つ企業です。そのため、同社の物流システムが停止したことにより、多くの食品メーカーや販売事業者が影響を受けました。物流は複数の企業が連携して成り立つ仕組みであるため、一か所に障害が発生すると、その影響は連鎖的に拡大します。配送予定の変更や納品遅延だけではなく、在庫調整や店舗運営にも影響が及ぶことになり、物流システムが社会全体を支えていることが改めて認識される結果となりました。
特に今回は夏場という時期であったことも影響を大きくしました。冷凍食品やアイスクリームなどは季節によって需要が大きく変化する商品であり、この時期は流通量も増加します。そのような繁忙期に物流機能が停止すれば、商品を必要とする消費者へ十分に供給できなくなる可能性があります。物流は製造された商品を消費者へ届ける最後の工程であり、その部分が止まれば、いくら商品を製造していても市場へ供給することはできません。製造能力だけではなく、物流能力も同じくらい重要であることが今回の出来事から理解できます。さらに、現代の物流はコンピューターシステムなしでは円滑に運営することが難しく、その便利さと引き換えに、システム障害やサイバー攻撃という新たなリスクを抱えるようになりました。
サイバー攻撃は工場や倉庫を直接破壊するものではありません。しかし、物流を支える情報システムを停止させることで、現実の物流機能を大きく麻痺させる力を持っています。近年では社会全体のデジタル化が進み、多くの物流事業者が高度な情報システムに依存しています。その結果、サイバー攻撃の影響範囲も以前とは比較にならないほど大きくなっています。
そこで本稿では、物流分野におけるサイバー攻撃対策の現状と、その対策がなぜ容易ではないのかについて考えていきます。
AIによるハッキング技術の向上
物流システムは毎年のように改良が続けられています。配送計画の最適化や在庫管理の高度化、運行管理の効率化など、情報技術の進歩によって物流は着実に発展しています。しかし、その一方で、物流システムを攻撃する側の技術も同じように進歩しており、むしろ近年ではその速度が防衛側を上回るのではないかと懸念されています。
特に近時はAI技術の発展がサイバー攻撃にも大きな影響を与えていると考えられています。AIは大量の情報を短時間で分析できるため、従来であれば時間を要した作業を極めて短時間で行えるようになっています。その結果、攻撃手法そのものが高度化するとともに、多様化も進み、従来の防衛策だけでは十分に対応できない場面が増えています。攻撃側も新しい技術を積極的に利用している以上、防衛側も常に新しい知識を取り入れ続けなければなりません。
さらに難しいのは、サイバー攻撃は発生頻度が予測しにくいという特徴を持つことです。何年もの間、重大な被害を受けない企業もあれば、ある日突然、大規模な攻撃を受けて業務全体が停止してしまう企業もあります。普段は何事もなく運営できているため、防衛費用が無駄に感じられることもありますが、一度重大な被害が発生すれば、その損失は防衛費用を大きく上回る場合もあります。
しかし、そのような不確実なリスクに備えるために、毎日多額の費用を投じ続けることは現実的ではありません。物流業界は人件費や燃料費、設備投資など様々なコスト負担を抱えており、防衛対策だけに無制限の予算を投入することは困難です。利益とのバランスを考えながら対策を講じる必要がありますが、その適切な水準を見極めることは容易ではありません。
物流企業は効率化を追求しながら利益を確保することが求められる一方で、将来起こるかもしれない攻撃にも備え続けなければなりません。この二つを両立させることは簡単ではなく、サイバー対策が経営上の大きな課題となっている理由もそこにあります。
契約や保険の限界
サイバー攻撃を完全に防ぐことが極めて難しいのであれば、被害が発生した場合の責任をあらかじめ整理しておくことも重要になります。そのため、取引先との契約の中で、サイバー攻撃によるシステム障害が発生した場合の責任範囲や免責条件を定めておくことは、有力な対策の一つと考えられます。物流は多数の企業が連携して運営されるため、責任関係を事前に整理する意義は決して小さくありません。
もっとも、実際には免責条項を適切に定めることは容易ではありません。どの程度のセキュリティ対策を講じていれば十分な注意義務を果たしたと評価できるのか、その基準を明確に定めることが難しいためです。十分な対策を講じていたにもかかわらず攻撃を受けた場合と、必要な対策を怠っていた場合とでは評価が異なるべきですが、その境界線を客観的に示すことは決して簡単ではありません。
また、技術水準は常に変化しています。契約締結時には十分と考えられていた防衛策であっても、数年後には不十分となる可能性があります。そうなると、契約書に記載された内容と現実の技術水準との間に差が生じ、契約だけでは適切な解決が難しくなることも考えられます。サイバー攻撃の世界では変化の速度が極めて速いため、契約内容が現状に追いつかなくなるという問題は避けにくいものです。
保険によるリスク分散についても同様の課題があります。サイバー保険は一定の損害を補償する仕組みですが、どの範囲まで補償対象とするのかを設定することは容易ではありません。サイバー攻撃による損害は直接的なシステム復旧費用だけではなく、営業停止による損失や信用低下など様々な形で発生する可能性があります。これらをどこまで補償対象とするかについては、保険設計そのものが難しい課題を抱えています。
さらに、攻撃手法そのものが日々変化しているため、契約や保険はどうしても変化への対応が後手になりやすいという問題があります。新しい攻撃方法が現れてから契約内容や保険商品が見直されるまでには一定の時間が必要となるため、その間は新たなリスクに十分対応できない可能性があります。サイバー攻撃の進化速度と契約・保険制度の見直し速度には差があり、この時間差が物流事業者にとって大きな課題となっています。
このように、契約や保険は重要なリスク管理手段ではありますが、それだけでサイバー攻撃の問題を十分に解決できるものではありません。技術の進歩が極めて速い分野だからこそ、法的な備えや経済的な備えにも限界が存在することを理解しておく必要があります。
拠点やシステムの分散が基本だが
サイバー攻撃への対策として、まず考えられるのが拠点やシステムを分散させることです。一つのシステムや一つの物流拠点に業務を集中させていると、その部分が攻撃を受けた瞬間に業務全体が停止してしまう危険があります。そのため、複数の拠点がそれぞれ一定の機能を持ち、どこか一か所が停止しても残りの拠点が業務を継続できる体制を整備することは、サイバー攻撃に対する基本的な考え方とされています。
また、情報システムについても同様です。重要なデータや運用機能を一つのシステムだけに依存するのではなく、複数の環境で管理したり、必要に応じて切り替えたりできるようにしておけば、障害発生時の影響を最小限に抑えられる可能性があります。サイバー攻撃は完全に防ぐことが難しい以上、「攻撃を受けても止まらない仕組み」を構築するという発想が重要になります。
しかし、この考え方をそのまま物流の現場へ当てはめると、別の問題が生じます。物流業界では配送効率の向上が極めて重要な経営課題となっています。荷物をできるだけ短時間で届け、車両の走行距離や積載率を最適化し、無駄なコストを削減することが求められています。そのためには、拠点を適切に集約し、システムもできるだけ統合した方が効率的になる場面が少なくありません。
さらに、慢性的な人手不足という現実もあります。物流業界では限られた人数で多くの業務を処理しなければならず、拠点が増えれば管理人員も増加し、それぞれのシステムを維持するための担当者も必要になります。システムを分散すれば安全性は高まる一方で、運営コストや人材確保の負担も大きくなります。人材不足が続く状況では、理想的な分散体制を実現すること自体が容易ではありません。
それでも、物流という社会インフラを維持するためには、一か所の障害によって全体が停止する状態は避けなければなりません。重要なのは、効率化だけを追求するのでも、分散だけを重視するのでもなく、その両方のバランスを追求することです。一つの拠点やシステムが攻撃を受けても、他の拠点が一定程度業務を引き継げる体制を構築しながら、平常時にはできる限り効率的な物流を実現することが求められます。
サイバー攻撃対策は、単なる情報システムの問題ではありません。物流ネットワーク全体の設計思想や経営戦略とも密接に関係しています。安全性と効率性という一見相反する要素をどのように調和させるかが、これからの物流事業者に課された重要なテーマといえるでしょう。
AIと共に進化し続ける
サイバー攻撃は現在も絶えず進化を続けています。新たな技術が登場すれば、それを悪用する手法も次々に生まれます。従来の攻撃手法だけを想定して防衛策を整えていても、新しい攻撃方法が現れれば十分な効果を発揮できなくなる可能性があります。そのため、防衛側も一度対策を講じて終わりと考えるのではなく、継続的に進化し続ける姿勢を持たなければなりません。
その中で大きな役割を果たすと期待されているのがAIです。AIは膨大な通信データやシステムの動作状況を短時間で分析し、通常とは異なる挙動を検知する能力を備えています。人の目だけでは見逃してしまうような小さな変化についても分析できるため、サイバー攻撃への対応能力を高めることが期待されています。
しかし、攻撃側も同じようにAIを活用しています。そのため、防衛側だけがAIを導入すれば十分というわけではありません。攻撃技術が高度化する速度と同程度、あるいはそれ以上の速度で防衛技術も改善していかなければ、両者の差は縮まりません。AI同士が競い合う時代になりつつある以上、防衛側も継続的な技術向上を前提として取り組む必要があります。
また、AIは万能ではありません。AIが分析結果を示しても、それを適切に理解し、必要な判断を行うのは最終的には人です。AIを導入しただけで安心してしまい、その仕組みを理解する人材が育っていなければ、十分な効果は得られません。AIはあくまで人の判断を支援する道具であり、それを適切に活用できる人材が存在して初めて高い効果を発揮します。
そのため、物流事業者には人材育成も欠かせません。新しい技術を理解し、AIが示す情報を正しく評価し、必要な改善策を迅速に実行できる人材を継続的に育成することが重要になります。システムだけが進歩しても、それを扱う人が成長しなければ、防衛能力全体は向上しません。AIを中心とした新しい技術を活用しながら、人も組織も学び続けることで初めて、高度化するサイバー攻撃に対抗できる体制が築かれていきます。
まとめ
物流は社会経済を支える重要なインフラであり、その安定した運営は企業活動だけでなく、消費者の日常生活にも大きな影響を及ぼします。その物流がサイバー攻撃によって停止すれば、商品の供給が滞り、多くの関係者に影響が連鎖的に広がります。近年は物流システムの高度化が進んだ一方で、それを狙う攻撃技術も急速に進歩しており、従来以上にサイバー対策の重要性が高まっています。
もっとも、物流分野におけるサイバー対策は決して容易ではありません。AIによって攻撃技術が高度化する中、防衛側も継続的な投資を求められますが、将来発生するかもしれない攻撃のために際限なく費用をかけることは現実的ではありません。また、契約や保険によってリスクを分散しようとしても、技術の進歩が速いため、その内容が現実に追いつかなくなるという問題もあります。
さらに、安全性を高めるためには拠点やシステムの分散が重要ですが、物流では効率化や人手不足への対応も同時に求められます。安全性だけを重視すればコストや運営負担が増え、効率性だけを追求すれば障害発生時の影響が大きくなります。そのため、双方のバランスをどのように実現するかが重要な経営課題となっています。
そして、今後は防衛側もAIを積極的に活用しながら、技術だけでなく人材や組織全体を継続的に成長させていくことが不可欠です。サイバー攻撃はこれからも進化を続けることが予想される以上、防衛策も完成形は存在せず、絶えず改善を積み重ねる姿勢が求められます。物流のサイバー対策とは、一度対策を講じれば終わるものではなく、変化に対応し続ける不断の取り組みそのものです。
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