本田選手が企業に異例のお願い
サッカー元日本代表の本田圭佑選手が、サッカーワールドカップ期間中には、より多くの人が日本代表の試合をリアルタイムで観戦できるよう、企業にも柔軟な配慮を求める趣旨の発信を行い、大きな注目を集めました。国際大会では日本代表を応援したいという気持ちを抱く人は非常に多く、試合をその瞬間に見届けたいという思いは決して特別なものではありません。しかし、海外で開催される大会では、日本時間の平日日中に試合が行われることも多く、通常勤務を行う従業員にとっては観戦が難しい状況となります。
日本企業では現在でも始業時刻と終業時刻が固定されている職場が少なくありません。組織として一定の時間に人が集まることには意味がありますが、業務内容によっては必ずしも全員が同じ時間帯に勤務しなければならないとは限りません。それにもかかわらず、従来からの慣習によって勤務時間が画一的に運用されている企業は依然として多く存在しています。
一方で、新型コロナウイルス感染症の流行を契機として、多くの企業が在宅勤務や時差出勤などを導入しました。その結果、働き方には一定の柔軟性を持たせても業務は十分に成立することが広く認識されました。以前は難しいと考えられていた制度も、実際に運用してみると支障なく機能したという企業は少なくありません。この経験は、企業が従来の固定観念にとらわれず、柔軟な制度設計を行う重要性を示しています。
スポーツ観戦についても同様の発想が求められます。勤務時間中だから一律に認めないという考え方だけではなく、限られた期間だけ柔軟な対応を行うという選択肢も十分考えられます。世界的なスポーツ大会は毎日のように開催されるものではなく、数年に一度の特別な行事です。その限られた期間だけ従業員に一定の配慮を行っても、企業経営に重大な支障が生じるとは限りません。そこで本稿では、平日日中の試合観戦を認める意義と方法について解説します。
業務効率性を上げる工夫
サッカーワールドカップやワールド・ベースボール・クラシックのような国際大会では、多くの従業員が試合経過を気にしながら仕事をすることになります。企業が観戦を禁止していたとしても、「結果だけでも知りたい」「現在の状況だけ確認したい」という心理まで抑えることはできません。そのため、禁止というルールだけでは現実の行動を完全にコントロールすることは難しいものです。
実際には、業務の合間にパソコンやスマートフォンで断続的に試合状況を確認する人が少なくありません。一回の確認時間は短くても、それが何度も繰り返されることで集中力は途切れます。また、確認するたびに仕事の思考が中断されるため、元の作業に戻るまでにも時間が必要になります。この積み重ねは、一見すると小さな時間の損失であっても、職場全体では決して無視できないものになります。
そこで重要になるのが、最初から一定の範囲で試合状況を確認できる環境を整えるという発想です。職場内の見やすい場所にテレビを設置し、必要以上に個人端末を操作しなくても試合経過が分かるようにすれば、従業員は落ち着いて仕事へ戻ることができます。隠れて確認する必要がなくなることで、職場全体の集中力も維持しやすくなります。
もちろん、企業には規律を維持する責任があります。しかし、規律とは現実から離れた理想を押し付けることではありません。実際の人の行動を踏まえたうえで、最も効率的な運営方法を考えることも組織管理の重要な役割です。守られない禁止事項を増やすよりも、適切な範囲で認めながら業務を円滑に進める方が、結果として企業全体の利益につながる場合があります。
従業員の心理を理解した制度設計は、信頼関係の構築にも役立ちます。企業が現実的な対応を行えば、従業員も会社のルールを受け入れやすくなります。スポーツ観戦を一定の範囲で認めることは、規律を緩めることではなく、現実を踏まえて業務効率を高めるための柔軟なマネジメントと考えるべきでしょう。
有給休暇を奨励する
従業員に安心してスポーツ観戦を楽しんでもらう最も基本的な方法は、有給休暇の取得を積極的に奨励することです。勤務時間中の観戦を認める制度にはさまざまな形がありますが、最も制度として整理しやすく、企業と従業員の双方にとって分かりやすい方法が有給休暇の活用です。試合時間帯に合わせて休暇を取得できるよう企業が後押しすれば、業務への影響も管理しやすくなります。
日本では、有給休暇が十分に消化されていない企業も依然として少なくありません。制度として存在していても、「周囲に遠慮して取得しにくい」「忙しくて使えない」と感じる従業員が多ければ、本来の制度目的は十分に果たされません。企業には取得率を高める努力が求められており、そのためには従業員が休暇を取得しやすい理由を提供することも重要になります。
世界的なスポーツ大会は、その意味で非常に良い機会となります。多くの従業員が同じ目的を持っているため、企業としても休暇取得を推奨しやすく、従業員側も心理的な負担を感じにくくなります。休暇を取得することが特別な行為ではなく、自然な選択肢として受け入れられれば、有給休暇制度そのものの利用促進にもつながります。
有給休暇は本来、従業員が心身をリフレッシュし、生活を充実させるために設けられている制度です。スポーツ観戦も生活の満足度を高める活動の一つであり、その目的に十分合致します。企業が積極的に取得を後押しすることで、制度本来の価値も高まります。
企業にとって重要なのは、休暇取得を消極的に扱うのではなく、組織全体の働き方を見直す契機として前向きに活用することです。スポーツ大会という共通の関心事を活かして有給休暇取得を促進することは、従業員満足度の向上と休暇制度の定着という二つの効果を同時に期待できる有効な取り組みといえるでしょう。
出勤・退勤時間を調整する
スポーツ観戦を実現する方法は、有給休暇だけではありません。勤務時間そのものを柔軟に調整することも、有効な選択肢となります。近年はフレックスタイム制や時差出勤を導入する企業も増えており、一定の範囲で始業時刻や終業時刻を変更することは、以前ほど難しいことではなくなっています。その仕組みをスポーツの国際大会に活用することも十分可能です。
例えば、早朝に試合が行われる場合には、試合終了後に出勤しても支障がないよう始業時刻を後ろへずらせば、従業員は休暇を取得しなくても落ち着いて試合を観戦できます。また、夕方に試合がある場合には、始業時刻を早めて終業時刻も前倒しすることで、勤務時間を維持したまま観戦時間を確保できます。このような調整であれば、労働時間を減らすことなく対応できるため、企業側にとっても受け入れやすい方法です。
企業は組織全体の効率性を考えるため、勤務時間を固定しがちです。しかし、世界的なスポーツ大会は限られた期間しか開催されません。その数日間だけ全社的に勤務時間を調整したとしても、組織運営に重大な影響が生じるとは限りません。むしろ、多くの従業員が同じ時間帯に試合を気にしているのであれば、勤務時間を見直した方が集中して仕事へ取り組める可能性があります。
この考え方は、一日限定のサマータイム制度ともいえるものです。社会全体の時間を変更するのではなく、企業単位で勤務時間を一時的に調整するだけであれば、導入の負担も比較的小さく済みます。特別な制度を新設するのではなく、既存の勤務制度を柔軟に運用するという発想が重要です。
働き方改革が進む現在では、「決められた時間に働くこと」よりも、「決められた成果を上げること」が重視される場面が増えています。その考え方に立てば、勤務時間の調整は決して特別な対応ではありません。スポーツ大会を契機として柔軟な勤務制度を試行することは、将来の働き方改革にもつながる貴重な経験となるでしょう。
社内で見ながら業務することを容認する
職場にテレビなどの視聴設備があるのであれば、試合を見ながら業務を行うことを認めるという考え方もあります。もちろん、観戦だけに集中して業務が止まってしまうのであれば勤務時間として適切ではありません。しかし、仕事を継続しながら必要な範囲で試合状況を把握する程度であれば、必ずしも業務に大きな支障を及ぼすとは限りません。
実際、多くの職場ではラジオや音楽などを流しながら仕事を行っています。それらは業務とは直接関係ありませんが、適度な刺激によって集中力を維持できる人も少なくありません。スポーツ中継についても、同じような位置付けで考えることは可能です。映像や実況を背景として流しながら業務を継続できるのであれば、従業員は必要以上に試合を気にすることなく仕事へ意識を戻しやすくなります。
また、職場全体で同じ試合を共有することは、一体感の醸成にもつながります。同じ話題を共有することで自然なコミュニケーションが生まれ、職場の雰囲気も明るくなります。こうした心理的な効果は数値では測りにくいものですが、円滑な組織運営を支える重要な要素です。
もちろん、すべての業務に適用できる方法ではありません。高い集中力や安全管理が求められる職場では慎重な判断が必要です。しかし、事務職など比較的柔軟な運用が可能な業務では、全面的に禁止するよりも一定の範囲で認める方が効率的な場合もあります。
企業に求められるのは、形式的な禁止ではなく、業務への影響を見極めながら適切な運用を行うことです。スポーツ観戦を単なる娯楽として排除するのではなく、働く環境をより良くするための一つの工夫として取り入れることで、従業員満足度と業務効率の両立を図ることが期待できます。
まとめ
業務時間中のスポーツ観戦は、従来であれば認めるべきではないという考え方が一般的でした。しかし、働き方が大きく変化した現在では、その前提そのものを見直す時期に来ています。重要なのは、観戦を認めるか否かではなく、企業全体の生産性を維持しながら従業員の満足度も高められる制度をどのように構築するかという視点です。
世界的なスポーツ大会は数年に一度しか開催されず、企業にとって日常的な問題ではありません。その限られた期間だけ柔軟な対応を行うことで、従業員は企業への信頼感や帰属意識を高めることができます。そして、そのような前向きな感情は日常業務への意欲にもつながります。
また、現実には多くの従業員が試合経過を気にしている以上、一律の禁止だけでは十分な効果を期待できません。現実の行動を前提として制度を設計した方が、結果として業務効率が高まる場合もあります。企業経営では理想論だけではなく、人の心理や行動を踏まえた柔軟な判断が重要です。
有給休暇の活用、勤務時間の調整、職場での限定的な観戦容認など、企業が選択できる方法は一つではありません。自社の業務内容や組織文化に応じて最も適した方法を選択すればよく、すべての企業が同じ制度を採用する必要もありません。大切なのは、固定観念に縛られることなく、自社に適した運用方法を検討する姿勢です。
働き方改革の本質は、従来の慣習を維持することではなく、より良い働き方を模索し続けることにあります。スポーツ観戦への対応も、その一環として考えることができます。従業員の気持ちに寄り添いながら組織全体の成果も高めるという視点を持つことで、企業はより魅力的な職場環境を築くことができるでしょう。
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