紀伊国屋書店が好調
全国的に書店の廃業が増えています。街中を歩いていると、以前は当たり前のように存在していた書店がなくなっていることに気づくことも珍しくありません。出版市場そのものが大きく変化する中で、書店という業態は厳しい環境に置かれています。
さらに、若者を中心とした活字離れも指摘されています。日常的にスマートフォンを利用する時間が長くなり、ニュースや情報、娯楽などの多くをインターネットから得られるようになりました。文章を読むこと自体がなくなったわけではありませんが、紙の本を購入してまとまった文章を読むという行動は、以前よりも相対的に選ばれにくくなっています。近時、書店が単純に本を並べているだけでは来店や購入につながりにくくなっています。
その一方で、紀伊國屋書店は大型書店としての存在感を維持し、書籍をしっかり販売する力を持っています。もちろん、書店業界全体の厳しい状況から完全に無縁というわけではありません。しかし、書店そのものの存在意義が問われる時代において、規模のある書店が顧客を集め、本を購入する場所として機能していることには注目する必要があります。
重要なのは、本が売れない時代になったからといって、本を買いたい人までいなくなったわけではないという点です。本を必要とする人、本を読みたい人、本を選びたい人は現在も存在します。問題は、その人たちがどのような条件で本を購入するのかということです。書店側が顧客の購買行動を理解し、それに適した売場を構築できれば、紙の書籍にも販売機会は残されています。そこで本稿では、紀伊國屋書店ではなぜ書籍が売れるのかを解説します。
漫画は9割が電子
漫画市場は、紙の書籍全体が苦戦していることとは対照的に、非常に大きな市場を形成しています。しかし、漫画が好調だからといって、紙の漫画本が同じように好調であるとは限りません。漫画は電子書籍との親和性が非常に高く、スマートフォンやタブレットなどを通じて読むスタイルが広く定着しています。その結果、漫画市場の成長と紙の漫画本の販売状況を分けて考える必要があります。
現在、漫画を読む際には、電子書籍を購入したり、電子コミックのサービスを利用したりする方法があります。電子化によって、読者は大量の作品を端末の中に保存できます。紙の本のように収納場所を確保する必要もなく、読みたい作品をその場で購入して読み始めることもできます。こうした利便性は、漫画という商品の性質と非常によく合っています。
漫画は、継続的に作品を読み進めることが多い商品です。連載作品であれば次の巻を読みたいという需要が生じますし、過去の作品をまとめて読む場合にも、複数冊を一度に扱える電子媒体は便利です。スマートフォンやタブレットを日常的に使う人にとっては、漫画を紙ではなくデジタルデータとして保有することに大きな抵抗がありません。こうした読書環境の変化によって、漫画の販売市場における電子化は進みました。
そのため、漫画そのものに需要があっても、その需要の多くが電子媒体へ向かえば、紙の漫画本を大量に扱う書店には十分な販売機会が残りません。紙の本を中心とする大型書店にとって、これは売場構成を考えるうえでも重要な問題です。このように電子化が進んだ分野では、書店が従来と同じ方法で商品を並べるだけでは、販売につなげにくくなっています。
買う前に内容を確認したい
本は、日用品のように中身を確認せずに購入する商品ではありません。タイトルや著者名、表紙、帯などから内容を想像することはできますが、それだけでは自分が期待している内容なのかどうかを十分に判断できないことがあります。本のタイトルが魅力的でも、実際に読んでみると期待していた内容と異なることがあります。逆に、タイトルからは魅力が伝わりにくくても、内容を確認すると非常に興味深い本であることもあります。
しかも、書籍は必ずしも安い買い物ではありません。一般的な書籍でも1冊数千円程度になることがあり、専門書などではさらに高額になることがあります。購入後に内容が自分の期待と違っていたとしても、通常の商品と同じように簡単に返品して別の商品へ交換できるとは限りません。そのため、購入前に失敗する可能性をできるだけ減らしたいと考える消費者は少なくありません。
こうした性質を持つ商品だからこそ、複数の書籍を実際に見比べながら選べる場所には価値があります。一冊だけを見て購入するのではなく、同じテーマについて書かれた複数の本を比較し、自分の目的に最も合うものを選択できます。価格やタイトルだけではなく、内容や構成を比較して購入できることは、書籍という商品の購入において重要です。
大型書店では、多数の書籍を同じ場所で確認できます。顧客は棚を見ながら、目当ての商品だけでなく、その周辺に並んでいる書籍も確認できます。同じ分野の本を複数冊手に取り、内容を比較したうえで購入することも可能です。この選択肢の多さが、実店舗ならではの利便性につながります。
つまり、書店には単純な販売場所としてだけではなく、購入前に商品を確認する場所としての役割があります。本を買うことに慎重な人ほど、実物を見て判断できることに価値を感じます。インターネット上で商品情報を確認する方法が普及しても、購入前に実物を比較できることの意味まで失われたわけではありません。書籍という商品には、実際に手に取って選ぶという購買行動が適しています。
トレンドを確認したい
書店を利用する目的は、あらかじめ決めていた本を購入することだけではありません。何を読むか決めていない状態で書店を訪れ、売場を見ながら購入する本を決めるという行動もあります。この場合、重要になるのが、現在どのような本が注目されているのかを知ることです。書店の売場には、その時点で多くの人に読まれている本や注目されている本が分かる仕組みがあります。
大型書店では、人気の書籍や話題になっている書籍をまとめて紹介するコーナーが設けられています。こうした売場は、単に商品を目立たせるためのものではありません。顧客に対して、現在の読書市場でどのような本が注目されているのかを伝える情報提供の役割も果たします。
人気のある書籍には、それだけ多くの人が関心を持つ理由があります。内容そのものに価値がある場合もありますし、社会的な話題になっていることで読む意味が生まれる場合もあります。友人や同僚との会話の中で取り上げられる本であれば、読んでおくことでコミュニケーションのきっかけにもなります。本は単に知識や娯楽を得るための商品ではなく、社会の中で共有される情報としての側面も持っています。
そのため、読者にとっては「自分が読みたい本」を探すだけでなく、「今、多くの人が読んでいる本」を把握することにも意味があります。自分が特定の本を探していなくても、書店の売場を見れば、その時点で注目されているジャンルや書籍を知ることができます。これは、あらかじめ購入商品を決めてから店舗へ向かう買い物とは異なる特徴です。
大型書店では、こうしたトレンドを一度に把握できます。多様なジャンルの商品が並び、それぞれの分野で注目されている書籍が整理されているため、顧客は売場を歩きながら自分の関心を広げられます。特定の商品を探しているわけではなくても、売場そのものから新たな購入候補を見つけられます。
書店における売場づくりは、商品の陳列だけではありません。顧客が市場の動きを把握し、自分の購入商品を決めるための環境を整えることも重要です。大型書店には、多数の書籍を一度に確認できることに加えて、現在の読書トレンドを把握できるという情報面での価値があります。
M&Aで大型化が進む
書店経営において、店舗や企業の大型化には明確な意味があります。取り扱う書籍の数を増やすことができれば、それだけ多様な顧客の需要に対応できるからです。書籍は商品ごとの需要が細かく分かれており、すべての顧客が同じ本を求めているわけではありません。そのため、品揃えの幅が販売力に直結しやすい商品です。
紀伊國屋書店はM&Aを積極的に行い、事業の大型化を進めています。企業規模を大きくすることで、店舗運営や仕入れなどの面でさまざまな効果が期待できますが、書籍販売という観点から特に重要なのは、顧客が求める商品を提供できる可能性を高められることです。
書店に来た顧客が欲しい本を見つけられなければ、その顧客にとって店舗を訪れた意味は小さくなります。一方で、幅広い商品を扱っている大型店であれば、ニーズが細分化された商品であっても、取り扱っている可能性が高まります。すべての商品を常時店頭に置くことは難しくても、商品数が多いほど、顧客のさまざまな需要に対応しやすくなります。
これは、書籍が非常に多品種の商品であることと関係しています。ベストセラーだけを扱えばすべての顧客を満足させられるわけではありません。専門性の高い本、特定の分野に限られた本、特定の読者だけが必要とする本など、書籍には非常に多くの種類があります。したがって、販売する側が幅広い商品を揃えること自体が、顧客にとって大きな価値になります。
この点では、大型書店は家電量販店と似た性質を持っています。家電も商品ごとの違いが大きく、購入者は複数の商品を比較しながら選びます。そのため、多くの商品を一度に確認できる大型店舗には強みがあります。書籍についても、品揃えが多ければ多いほど、顧客が選択肢を比較しやすくなります。
M&Aによる大型化は、単純に企業の規模を大きくするだけの施策ではありません。多様な需要に対応するための商品供給力を高め、顧客が一つの場所で多くの選択肢を検討できる環境を整えることにつながります。書籍のように需要が細分化された商品を扱う業態では、幅広い品揃えそのものが競争力になります。
まとめ
本を売る際に最も重要なのは、本を単なる商品として扱わないことです。もちろん、書籍も価格を設定して販売する商品です。しかし、顧客が購入しているのは紙とインクだけではありません。そこに書かれている情報、知識、物語、考え方などを含めて、本という商品を選んでいます。そのため、売る側が考えるべきなのは、どの本を仕入れるかだけではなく、顧客がどのように本を選び、購入を決めるのかという購買行動です。
書籍は、商品ごとの需要が細かく分かれています。大量に売れる商品だけを揃えても、すべての顧客に対応できるわけではありません。一方で、需要の異なる商品を幅広く取り扱えば、さまざまな顧客を受け入れられます。したがって、本の販売では品揃えの幅が重要な意味を持ちます。
同時に、顧客が商品を比較して選べる環境も欠かせません。本は購入してみなければ内容の良し悪しが分からない部分があるため、購入前に十分な判断材料を得られることが購買の後押しになります。商品数を増やすだけでなく、顧客が選びやすいように整理することも販売力につながります。
さらに、顧客が自分では知らなかった本に出会える仕組みも重要です。書店に行く前から購入商品が完全に決まっている人ばかりではありません。何を読むか決めていない人に対しても、売場そのものが購入のきっかけを提供できれば、新たな需要を生み出せます。
本を売るということは、棚から商品を手渡して代金を受け取るだけの仕事ではありません。顧客が本を探し、比較し、判断し、購入するまでの過程全体を支えることです。紙の本を取り巻く環境が変化しているからこそ、実店舗でなければ提供しにくい価値を明確にする必要があります。
本の販売で重要なのは、売れ筋だけに集中することでも、単純に店舗を大きくすることでもありません。多様な需要を受け止め、顧客が選択でき、購入する理由を見つけられる売場をつくることです。本という商品そのものではなく、「本を選ぶ体験」まで含めて提供することが、これからの書店に求められる販売方法だといえます。
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