森岡氏は限界?
森岡氏は、USJの立て直しに携わった人物として知られています。低迷していたテーマパークの状況を分析し、誰に何を提供するのかを明確にして施設の魅力を引き出す考え方は、事業再生でも注目されてきました。
近時、お台場のイマーシブ・フォートは閉館し、沖縄のジャングリアについても厳しい状況が指摘されていますが、これだけをもって森岡氏個人の能力に原因を求めるのは適切ではありません。なぜなら、既に存在している事業を立て直すことと、何もないところから新しい事業を成立させることでは、必要となる経営判断の性質が大きく異なるからです。
事業再生では、すでに商品、顧客、設備、ブランド、立地、取引関係など、何らかの資産が存在しています。問題は、それらが十分に活用されていないことにあります。一方、新しい事業では、そもそも顧客が本当に来るのか、何に対してお金を払うのか、どの程度の価格なら受け入れられるのかといった前提から確認しなければなりません。事業の魅力を作りながら、その魅力を市場に認識してもらう必要もあります。つまり、再生と新興では、同じ経営能力を使っていても、解決すべき課題が異なります。
したがって、新しい施設の苦戦を見て、過去の再生実績まで否定するのは早計です。むしろ、成功した再生事例と新規事業の成功を同じ物差しで評価しないことが重要です。そこで本稿では、事業再生と新しく立ち上げる事業との違いについて、両者が抱える課題の性質に着目して整理します。
USJはもとよりポテンシャルが高かった
USJを考えるうえで重要なのは、再生以前から施設そのものに一定のポテンシャルがあったことです。大阪という大都市圏に位置し、周辺には多くの人口が存在しています。交通面でも広域から来場しやすく、テーマパークとしての規模も備えていました。さらに、映画などの優良なコンテンツも保有していました。
それでも当初のUSJが十分な集客を実現できなかったのは、持っている資産と顧客が求める価値との結び付け方に課題があったためです。特に大きかったのが、東京ディズニーリゾートとの比較です。知名度の高いテーマパークがある市場では、単に「テーマパークである」だけでは来場理由になりません。誰を主な顧客とするのかを明確にし、その顧客にとって価格を支払う意味があると感じてもらう必要があります。
USJの場合、施設そのものを一から作り直したわけではありません。既にある立地、設備、コンテンツなどを前提として、どこに魅力があり、どの顧客に向けて打ち出せば価値が伝わるのかを考えることができました。これは事業再生の重要な特徴です。
商品やサービス自体には競争力があるのに、販売方法や顧客設定などで業績が低迷し、その後に再生する事業は少なくありません。再生の本質は、ゼロから新しい価値を発明することではなく、既存の資産の中に眠っている価値を見つけ、顧客との接点を作り直すことにあります。
現在のUSJが高い人気を持つことを考えれば、その潜在的な魅力に早い段階で着目し、事業として伸ばしていった森岡氏の手腕は評価できます。
ジャングリアはそもそも難易度が高い
ジャングリアについて考える際には、USJとの単純な比較を避ける必要があります。両者は同じテーマパークでも、事業を成立させるまでの難易度は大きく異なります。
最大の論点の一つが立地です。那覇市街から距離があり、観光客や地元客が自然に立ち寄る場所とは条件が異なります。都市部なら、別の目的で近くまで来た人を取り込む余地があります。しかし、遠方の施設では、その施設を訪れること自体が旅行や外出の主要な目的にならなければなりません。施設の魅力が十分に強くなければ、移動時間や交通費を負担してまで来場する動機を作ることが難しくなります。
さらに、沖縄特有の高温多湿な環境も無視できません。テーマパークでは、アトラクションの内容だけでなく、入場を待つ時間、移動する時間、屋外で過ごす時間を含めた全体の体験が満足度を左右します。都市部の施設で想定される待ち時間対策をそのまま適用できるとは限らず、暑さや湿度を前提にした運営上の工夫が必要になります。これは設備だけでなく、施設全体の動線や運営方法にも関わります。
また、顧客層を明確にすることも難題です。観光客を中心に考えるのか、沖縄県内の住民を取り込むのか、家族層を狙うのか、若年層を中心とするのかによって、求められる価格、コンテンツ、滞在時間、広告の方法は変わります。
このように考えると、ジャングリアは、既存施設の価値を引き出す再生とは異なり、立地、移動、環境、顧客設定など複数の条件を同時に成立させる必要があります。事業の一部分だけを改善すれば足りるとは限らず、全体の設計そのものが問われるため、短期間でのV字回復を実現することは容易ではありません。
イマーシブ・フォートの失敗
イマーシブ・フォートについては、ジャングリアとは異なる難しさがあります。施設がお台場という東京都心に位置しているため、来場者が施設まで移動すること自体は、沖縄の大型施設ほど大きな障壁にはなりません。したがって、少なくとも「どうやってその場所まで人を連れてくるか」という立地上の問題は比較的小さいといえます。
その一方で、東京には非常に多くの娯楽施設があります。そのため、都心の新施設は、単に新しいというだけでは集客を続けにくくなります。イマーシブ・フォートの場合、施設の独自性そのものは重要な要素でした。しかし、競争相手が多い市場では、その独自性が「なぜ今、この施設へ行くのか」という来場理由として十分に伝わらなければなりません。施設側が魅力を感じる部分と、顧客が魅力を感じる部分は、必ずしも一致しません。
東京のような競争の激しい市場では、開業直後から一定の集客を確保し、実際に体験した人から評価を得ることが重要です。来場者が「また行きたい」「人に勧めたい」と感じれば、その評価が口コミやSNSなどを通じて広がり、次の来場者を呼ぶ循環が生まれます。反対に、初期段階で十分な評価を得られなければ、競合する施設へ顧客が流れてしまいます。
つまり、都心の新施設では、施設を作って営業を開始することがゴールではありません。独自の魅力を作り込み、それを顧客に理解してもらい、さらに評価を拡散させて定着させるまでの流れが必要です。アクセスに恵まれた場所だからこそ、選択肢の多さという別の競争にさらされます。都心部で新しい施設を長く存続させるには、立地以外の明確な価値を継続的に示すことが欠かせません。
再生と新興は全然違う
事業再生と新興事業は、どちらも経営を立て直し、事業を成長させるという意味では共通しています。しかし、経営者が向き合っている問題は大きく異なります。USJのように既に施設や顧客基盤、コンテンツ、立地などが存在する場合には、現在の状態を分析し、本来持っているポテンシャルを引き出すことができます。その価値を正しく見つけることが重要になります。
これに対して新興事業では、顧客層そのものを定めるところから始めなければなりません。誰に利用してもらうのか、何を魅力として認識してもらうのか、どの程度の価格を受け入れてもらうのかを設計し、そのうえで実際の顧客から評価を得る必要があります。さらに、顧客の評価を次の顧客につなげ、短期間で認知と人気を形成しなければなりません。
ここで注意したいのが、運営側の「こうしたい」というシーズ志向です。新しい施設を作る側には、当然ながら強い思いがあります。しかし、提供者が実現したいことと、顧客が実際に求めていることは同じではありません。特に新興事業では、顧客の反応を受けて修正する仕組みが重要です。
この違いを考えると、森岡氏がUSJの再生で成果を上げたことと、新しい施設の事業環境が厳しいことは矛盾しません。再生では、既存の資産をどう組み替えれば市場に価値が伝わるかが中心になります。一方、新興では、市場に受け入れられる価値そのものを確立しなければなりません。
新しい施設を成功させることは、既存事業を再生させることとは別の難しさを持っています。したがって、現在の状況をもって森岡氏の能力そのものが衰えたと捉えるよりも、再生とは異なる難度の高い新興プロジェクトに直面していると理解する方が、事業の構造を捉えるうえでは適切です。
まとめ
事業を評価するときには、「立て直す事業」と「新しく作る事業」を同じ基準で見ないことが重要です。既存事業には、すでに積み上げられた設備、ブランド、顧客、商品、立地などがあります。業績が悪化していても、そこに市場から評価される資産が残っていれば、それを見つけて活用することで再生できる可能性があります。USJの再生は、こうした既存事業の潜在力を引き出す取り組みとして捉えることができます。
一方、新しい事業には、最初から確立された顧客基盤がありません。誰に何を提供するのかを決め、顧客が価値を感じる状態を作り、その評価を短期間で広げていく必要があります。立地や環境など、自社の努力だけでは変えにくい条件もあります。そのため、新興事業では、一つの施策だけで問題を解決することが難しく、複数の条件を同時に成立させる経営が求められます。また、顧客の反応を継続的に確認し、当初の構想に固執せずに修正する柔軟性も欠かせません。
こうした構造上の違いを踏まえれば、新しい施設が苦戦していることだけから、過去に事業再生で成果を上げた人物の能力まで否定することはできません。重要なのは、目の前の事業が再生型なのか、新興型なのかを見極め、それぞれに適した考え方で経営を設計することです。過去の成功事例をそのまま別の事業へ当てはめるのではなく、事業ごとの条件と難易度を冷静に分析することが、経営判断の出発点になります。
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