成長期こそ正念場【MBA×中小企業診断士が解説】

起業

本当に苦しいのは創業期よりも成長期

起業当初というのは、多くの人が想像する以上に不安定で、精神的にも肉体的にも大変な時期です。資金繰りの計画、販路の開拓、制度の理解、各種契約など、何から手をつけていいのか分からないことが多く、常に手探り状態です。初めて行う手続きに時間を取られ、営業活動にまで十分なリソースを割けず、集客に苦労するのは当然のことです。
このような中でも、「今が踏ん張りどころ」「ここを乗り越えれば安定する」と自らを鼓舞し、粘り強く取り組む起業家は多いでしょう。彼らの頭の中には、「事業が軌道に乗れば楽になる」という希望があります。確かに、最初のうちは何もかもがゼロからの出発であり、失敗も多く、報われない日々が続きます。
しかし実際には、事業が安定した後こそ、より多くの試練が訪れます。顧客が増えることで業務量は急増し、スタッフの教育や品質管理といった課題が表面化します。組織の規模が拡大すれば、意思疎通の難しさも増し、判断の遅れがトラブルにつながることもあります。創業期の「がむしゃらさ」で乗り切れたことが、成長期には通用しなくなります。
つまり、事業の本当の勝負はスタートラインを越えた後にやってきます。創業期の困難は「未知との遭遇」であるのに対し、成長期の困難は「成功の管理」です。どちらが難しいかと言えば、後者の方がより多くの知恵と覚悟を必要とします。そこで本稿では、なぜ成長期こそが正念場なのかを掘り下げ、企業が持続的に成長するための視点を整理していきます。

創業期の大変さ

創業期の苦労を理解するうえで、消費者の購買行動を分析した「AIDMAモデル」が参考になります。これは、消費者が商品やサービスを知り、購入に至るまでの心理の流れを「Attention(注意)」「Interest(関心)」「Desire(欲求)」「Memory(記憶)」「Action(行動)」の5段階で説明するものです。創業期の企業がまず直面するのは、最初の「Attention」、つまり顧客に存在を知ってもらう段階の壁です。
どれほど質の高い商品やサービスを用意しても、まず「知られなければ選ばれない」という現実があります。そのため、創業期はとにかく発信を続け、露出を増やす努力が必要です。SNSでの情報発信、地域イベントへの参加、知人への紹介依頼など、地道な取り組みの積み重ねこそが認知度を上げる唯一の方法です。
一方で、創業期には顧客が少ないため、売上は不安定で、収入も限られます。しかし逆に言えば、顧客が少ない分だけ、1件1件の仕事に丁寧に取り組む時間的余裕がある時期でもあります。顧客の反応を観察しながら改善を重ね、サービス品質を磨く絶好の機会です
この時期の最大の落とし穴は、焦って拡大を急ぐことです。運転資金をしっかり確保していれば、短期的な利益よりも顧客満足を優先し、信頼を積み上げる姿勢が重要です。たとえ目先の成果が出なくても、誠実で確実な仕事の積み重ねが、やがて口コミや紹介という形で大きなリターンをもたらします。創業期は、いわば「根を張る時期」。焦らず堅実に進めることが、後の成長期の基盤を作る糧になります。

プロモーションの基本は口コミ

企業が一定の基盤を持ち始めると、集客方法として「口コミ」の重要性が浮かび上がってきます。近年では多くの人がウェブサイトやポータルサイトを通じて業者を比較検討しますが、見た目のデザインや価格だけで良し悪しを判断するのは難しいものです。むしろ、利用者のリアルな声こそが最も信頼される情報源となっています。
口コミは広告費をかけずに効果を発揮する最強のプロモーション手段です。特に地域密着型や専門サービス業では、一件の好評価が次の顧客を呼び、その顧客がさらに新たな口コミを生むという好循環が起こります。逆に、たった一件の悪評が新規顧客の流入を止めるほどの影響を持つこともあります。
では、良い口コミを得るためにはどうすればよいのでしょうか。その答えは、「顧客の期待を超える体験を提供すること」にあります。顧客が求めるものを的確に察知し、それに一歩先んじて応えることで、感動や信頼が生まれます。たとえば、依頼内容の背景にある悩みや事情を汲み取った提案、丁寧なフォロー連絡、問題発生時の迅速な対応など、こうした細やかな配慮こそが口コミの質を左右します。
また、クレーム対応も重要な契機です。誠実かつ真摯な対応をすれば、むしろ信頼が深まり、マイナスの印象をプラスに転じることさえあります。口コミとは、単なる評価の集まりではなく、顧客が体験した「人間的な温かさ」を可視化したものなのです。創業期からこの視点を持つことで、成長期に入ったときの信頼の土台が厚くなります。

成長期の忙しい時期が正念場

事業が軌道に乗ると、顧客数が安定的に増加し、リピート客と新規客の両方から依頼が絶えなくなります。この段階になると、売上は伸び、数字上は順調に見えるかもしれません。しかし、実はこの「忙しい時期」こそが事業にとって最大の危機でもあります。
というのも、顧客の来店や問い合わせのタイミングは企業側ではコントロールできません。繁忙期には業務が集中し、現場スタッフは連日フル稼働状態になります。その結果、対応の質が落ちやすくなり、以前は満足していた顧客から不満の声が上がることもあります。いったん悪い口コミが出始めると、それは瞬く間に拡散し、集客の勢いを失わせます。
さらに、この時期は売上が大きく伸びるため、経営者が「もっと売上を」「もっと効率を」と考えがちです。しかし、効率を優先しすぎると、スタッフが疲弊し、サービスの質が犠牲になってしまいます。「儲かるほど品質が下がる」という逆転現象が起きがちです。
成長期の真価は、この繁忙の中でも顧客目線を失わずに対応できるかどうかで決まります。顧客にとっては、どれだけ忙しかろうと、自分への対応が全てです。ほんの小さな雑な対応が信頼を損なうことがあります。だからこそ、成長期の忙しさの中でも、創業期の誠実さや丁寧さを守り抜く姿勢が何より大切です
「忙しさの中で何を守れるか」——この一点が、企業の未来を決定づける分岐点となります。

成長期の忙しい時期の規範を用意する

成長期の忙しさを乗り越えるためには、「組織としての共通規範」を整えることが欠かせません。忙しさの中で現場任せにすると、判断基準が人によってバラつき、顧客対応の質が不均一になります。まず経営トップが明確に打ち出すべきなのは、「仕事の処理よりも顧客満足を優先する」という原則です。これを社内のあらゆる階層に浸透させ、日常業務の判断軸として根づかせることが重要です。
次に、命令系統の整理が求められます。誰が何を判断し、どの段階で上長に報告すべきかを明確にすることで、現場の迷いを減らし、スピーディーかつ的確な対応が可能になります。特にクレーム対応や緊急対応は、基準を事前に共有しておくことで、担当者が萎縮せずに動けるようになります。
また、顧客からのフィードバックや口コミを定期的にチェックし、そこから改善点を抽出してすぐに行動に移す仕組みも大切です。ネガティブな意見を「攻撃」と受け止めず、「成長のヒント」として受け入れる文化をつくることが、長期的な信頼構築につながります。
そして、忘れてはならないのが「投資の姿勢」です。繁忙期にコスト削減ばかりを意識すると、人手不足や設備不足に陥り、結果的にサービス品質が低下します。むしろ、必要な場面では人員を増やし、システムや機材を拡充する決断が重要です。短期的な利益を犠牲にしてでも、顧客満足を守る姿勢が長期的なブランド価値を高めます。
忙しさの中で理念を見失わず、全社員が同じ方向を向いて動ける組織こそが、真に成長する企業の姿なのです。

まとめ

創業期は確かに不安定で、何をやっても思うように結果が出ない時期です。しかし、この時期は「信頼の種」をまく段階であり、時間をかけて丁寧に育てる余裕もあります。一方、成長期は一見華やかに見えますが、実際には試練が集中する段階です。忙しさの中でサービスの質を落とさず、顧客満足を守り抜けるかどうかが企業の真価を分けます
口コミはその鏡であり、顧客の感じた満足や失望がそのまま企業の評価に直結します。だからこそ、経営者は「売上」よりも「顧客の信頼」を第一に置く必要があります。短期的な成果を追わず、理念に基づいた経営を貫くことが、結果として最も強い競争力になります。
成長期の忙しさを「乗り切る」だけでなく、「その中で品質を維持する」こと。ここに、真の成功を収める企業とそうでない企業の差が生まれます。成長とは、単に売上を伸ばすことではなく、忙しさの中で初心を守り続けることです。正念場を正しく乗り越えた先にこそ、本当の安定と発展が待っています。
当研究所では、自身も合同会社を経営する専門家が創業期から成長期にかけたあらゆるご相談に対応しております。下記よりお気軽にご相談ください。

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