黒字廃業は高止まり
帝国データバンクの発表によると、2025年1月から8月までの廃業件数はおよそ4万7千件に達しました。このペースでいけば年間7万件に届く勢いであり、これは過去10年間でも高い水準です。特に注目すべきは、業績悪化による倒産ではなく、黒字のまま事業を終える「黒字廃業」が増えている点です。廃業とは、事業者自身の意思で会社を畳むことであり、倒産のように強制的な清算とは異なります。経営が順調でも、経営者が健康上の理由や後継者不在を理由に「ここで終わりにしよう」と決断すれば、それも立派な廃業です。
しかし、この「黒字廃業」が社会や地域経済に与える影響は小さくありません。長年の取引関係を持つ顧客や仕入先は突然の廃業に対応できず、代替取引先を探すのに苦労します。中小企業が多い地方では、1社の廃業が地域産業の連鎖的な停滞を招くこともあります。また、長年勤めてきた従業員にとっては生活の基盤を失うことにもなりかねません。
廃業は企業の「終わり」ではありますが、その過程を丁寧に設計すれば、取引先や従業員に迷惑をかけず、次の世代への橋渡しとなる「終わり方」も可能です。問題は、廃業がしばしば突発的に決断される点にあります。経営者が健康を崩して突然辞めざるを得なくなる、あるいは後継者の選定に失敗して時間切れになるなど、「準備不足のまま終わる」ケースが後を絶ちません。
廃業は決して後ろ向きな行為ではなく、責任をもって未来を見据えた経営判断です。そこで本稿では、なぜ廃業を計画的に行うべきなのか、そしてそれが企業や社会にとってどのような意味を持つのかを、いくつかの角度から考えていきます。
社長の健康寿命
中小企業や個人事業主の多くは、「社長=会社」です。社長が元気に働いている限り事業は継続しますが、体調を崩した途端に業務が止まり、会社全体が機能不全に陥ることも少なくありません。これは、経営者本人が営業、経理、経営判断、さらには現場業務まで一手に担っているからです。経営者の健康寿命が尽きると同時に、企業の寿命も終わる――それが一人社長の現実です。
健康寿命とは、単に生きている期間ではなく、「自立して活動できる期間」を指します。平均寿命が80歳を超える時代でも、健康寿命はそれより約10年短いとされます。つまり、70歳を超えると体力や集中力、意思決定力の衰えが顕著になり、経営判断にも影響を及ぼします。
さらに、経営者は常にプレッシャーやストレスに晒されています。資金繰り、取引先との関係、人材確保など、日々の緊張の連続です。健康診断で異常がなくても、過労やメンタル不調から突然倒れるケースも少なくありません。経営者が「まだ大丈夫」と過信している間に、身体は確実に限界へと近づいていきます。
健康寿命を延ばす努力は、単なる自己管理の範疇を超え、経営戦略の一環と位置づけるべきです。定期的な休養、業務の分担、若手への権限移譲を進めることは、健康と経営の両面にとって有益です。経営者自身が倒れたとき、代わりに判断できる人材を育てておくことも、企業を守る「健康対策」と言えるでしょう。
後継者がみつからない構造的な理由
「後継者がいないから廃業する」――これは現在の中小企業に最も多い廃業理由です。だが、単に「後継者がいない」のではなく、「後継者を育てる時間と仕組みがない」という構造的な問題が根底にあります。
一人社長の企業では、業務のすべてを社長が握っており、他人に任せる仕組みが整っていません。長年の経験で磨いたノウハウや人脈も「社長の頭の中」にあり、文書化されていないことが多いです。これでは、仮に後継者候補が現れても、すぐには引き継げません。
また、事業承継は単なる名義の交代ではなく、「信頼の移転」を伴います。取引先や金融機関は、会社ではなく「社長個人」を信頼して取引していることが多く、後継者が信用を築くには数年かかります。実際、帝国データバンクの調査では、事業承継の平均準備期間は5年以上とされています。
さらに、若者の意識変化も深刻です。親世代の会社を継ぐより、自分のやりたい仕事を選ぶ傾向が強まり、「家業を継ぐ」文化が薄れています。地域社会では、人口減少による人材不足も加わり、承継できる人材そのものが見つからないのが現実です。
このような構造的問題に対処するには、経営者が早期に後継者候補を見つけ、少しずつ権限を委譲していくことが不可欠です。経営者の健康が安定しているうちに承継の準備を始めることが、最も現実的で安全な選択といえます。時間を味方につけることが、事業承継の最大のカギなのです。
M&Aも根は同じ
後継者が見つからない場合の有力な選択肢として注目されているのが、M&A(企業の合併・買収)による事業承継です。近年は中小企業同士の友好的なM&Aも増え、「会社を売る」ことが必ずしもネガティブではなくなってきました。実際、M&Aによって従業員の雇用や取引先との関係を維持しながら、経営者が円満に引退するケースも多く見られます。
しかし、M&Aは成立すれば終わりではありません。買い手企業との信頼関係の構築、従業員への説明、そして経営統合後のPMI(Post Merger Integration=統合プロセス)など、時間と労力を要します。多くの中小企業では、前社長が一定期間「顧問」や「相談役」として残り、社内外の橋渡しを行います。その期間が経営者の健康寿命を超えるようだと、統合作業が不完全に終わり、結果的に買い手企業との関係が悪化することもあります。
また、買収先の選定にも慎重な判断が求められます。事業内容や理念が合わなければ、社員の離職や顧客離れが起こりやすく、せっかくのM&Aが「失敗」となってしまう恐れもあります。そのため、M&Aを成功させるには、交渉開始から引継ぎ完了まで3〜5年かかると考えておくべきです。
つまり、M&Aによる事業承継も、早期の準備が不可欠です。70歳を過ぎてから「そろそろ売ろう」と考えても、体力的にも交渉に耐えられず、良い相手が見つからないことが少なくありません。M&Aもまた、健康寿命を見据えた「逆算経営」で取り組む必要があります。
健康寿命から逆算した廃業計画
多くの経営者は、自分の会社をできるだけ長く続けたいと考えます。しかし、現実には健康や体力の問題から、いつまでも経営を続けられるわけではありません。健康診断で問題がなくても、60代を過ぎれば判断力や集中力は確実に衰えます。だからこそ、「あと何年、自分が健康に経営できるか」を前提に、廃業や承継のスケジュールを逆算して考えることが重要です。
たとえば、80歳まで元気に働けると仮定しても、承継や廃業の準備には5〜10年の時間が必要です。つまり、60代半ばには具体的な計画を立て始める必要があります。もし後継者が見つからない場合は、無理に続けず、早めに廃業計画を作成し、関係者に配慮したソフトランディングを目指すべきです。
計画的な廃業では、まず取引先への告知時期を慎重に決めることが重要です。急な告知は混乱を招くため、1年前を目安に丁寧に説明し、代替手段を共に検討するのが理想です。従業員には再就職支援を行い、在庫や設備の処分も段階的に進めます。税務面では、廃業時の資産売却益や解約手当金などに対する課税を見越し、専門家の支援を受けながら進めることが賢明です。
こうした段階的なプロセスを経ることで、廃業は単なる「終わり」ではなく、「感謝をもって締めくくる経営」になります。自らの健康寿命を意識し、その範囲で最も美しい終わり方を設計すること。それこそが、次世代への最大の責任です。
まとめ
黒字廃業の増加は、単に景気や業績の問題ではなく、経営者の高齢化・健康寿命・後継者不足という三重苦が背景にあります。事業を長く続けたいという気持ちは誰しも同じですが、健康や人材の限界を直視し、計画的に次のステージを考えることが、経営者に求められる「現代的な責任」です。
廃業は敗北ではなく、「責任ある終わり方」です。自分が元気なうちに承継やM&A、あるいは廃業の計画を立てることで、従業員も取引先も円滑に次の段階へ進めます。経営のスタートと同じくらい、「どう終えるか」も重要です。経営者が健康寿命を軸に事業のライフサイクルを設計すれば、廃業は悲しいものではなく、誇りある経営の完結として社会に評価されるでしょう。
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