働けば働くほど収益性が悪化する企業が見落としていること【公認会計士×中小企業診断士が解説】

事業再生

とにかく「たくさん受注する」だけ考えるダメな企業

「社員は毎日夜遅くまで働いているのに、なぜか利益が出ない」。こうした嘆きを聞くことは、特に中小企業やサービス業において珍しくありません。営業部門は新規顧客を取りに走り回り、現場は納期を守るために休日返上で対応し、経理は入金確認に追われている。それでも決算を開けてみれば、利益はわずか、あるいは赤字。なぜ、こんなにも働いているのに報われないのか。
その理由の一つが、「受注量を増やす=成長」と短絡的に考えてしまう経営方針にあります。確かに、売上が増えれば一見会社は活発に見えます。しかし、売上の増加が必ずしも利益の増加を意味するわけではありません。むしろ、利益率の低い案件を大量に受ければ、働けば働くほど赤字が膨らむという構造に陥りがちです。
例えば、利益率が3%の案件を100件こなしても、少しの納期遅延や材料費上昇、クレーム対応が発生すれば、そのわずかな利益は簡単に吹き飛びます。しかもそうした低利益案件ほど手間が多く、担当者の精神的負担も大きいです。結果として、社員は疲弊し、利益は薄まり、組織の体力が奪われていく悪循環が生まれます
本来、企業が目指すべきは「売上の最大化」ではなく「利益の最大化」です。売上を追うことは分かりやすい指標ではありますが、その裏にある収益性の分析を怠れば、どれだけ努力しても結果は伴いません。
まず経営者が意識すべきは、「働く量を増やすこと」ではなく、「同じ働きでどれだけ効率的に利益を出せるか」という視点です。そこで本稿では、そのために必要な利益率の見方やコスト配分の考え方を説明していきます。

商品別利益率を計算せよ

「何をどれだけ売れば利益が出るのか」を理解していない企業は、働き損を繰り返します。その最初の一歩が「商品別利益率」の把握です。多くの企業が月次の売上や全体粗利を確認して満足してしまいますが、それではどの商品が会社の柱で、どの商品が足を引っ張っているのかがわかりません。
例えば、A商品は粗利率40%、B商品は10%だとします。ここで「B商品の方が売れ筋だから」と販売を強化すると、全体の利益率は一気に低下します。売上が伸びても利益は減る、という現象が起きるのです。こうした状態では、働けば働くほど収益性が悪化していきます。
重要なのは、単純な「売上高」ではなく、「粗利益率×販売数量」で得られる総利益額を正確に把握することです。そして、その利益から販売管理費や人件費などの固定費を差し引いて、実際の収益性を評価する必要があります。粗利率が10%未満の商材は、販売数を増やしても人件費などを差し引けば赤字になるケースが多く、撤退や価格改定の検討が欠かせません。
さらに、原価の上昇や為替の変動などにより、利益率は刻々と変化しています。過去に利益を出していた商品が、いまはコスト高で赤字化していることも珍しくありません。したがって、利益率のチェックは年1回ではなく、少なくとも四半期ごと、できれば月単位で見直すべきです。
経営者が数字に強くなることは、感覚的経営からの脱却を意味します。「どの商品を売れば儲かるか」を冷静に分析し、儲からない領域に人手を割かない判断を下せることが、収益体質強化の第一歩です。

間接費を適切に配賦せよ

商品別利益率を計算しても、まだ見落としがあります。それが「間接費の扱い」です。粗利率が高く見えても、間接費を含めると実は赤字だったというケースは非常に多いです。
間接費とは、個別の製品やサービスに直接結びつかない費用のことです。総務部門の人件費、オフィス家賃、光熱費、システム保守費用などが代表例です。こうしたコストを「全体の共通費用」として一括で計上してしまう企業は少なくありません。しかし、これでは商品別の真の収益性が見えません。
たとえば、総務部門のスタッフが実際には特定の製品ラインのクレーム処理や顧客対応に多くの時間を割いている場合、その人件費の大部分は当該製品に紐づくコストと見るべきです。また、生産管理部門の時間の多くが特定商品に集中しているなら、その工数も間接費としてではなく、該当商品の直接費に近い性格を持っています。
このように、間接費を正しく配賦することで、実際にどの商品がどれだけコストを消費しているのかを正確に把握できます。これにより、「粗利率は高いのに利益が出ない」といった不思議な現象の原因を突き止められます。
もちろん、間接費の配賦は手間のかかる作業です。時間管理や業務内容の可視化、部署間の工数配分など、一定のデータ整備が必要となります。しかし、それを怠ると、誤った経営判断につながり、赤字事業を温存するリスクが高まります。
「見えないコスト」を見える化することこそ、企業が利益構造を正確に理解するための核心です。間接費を曖昧にせず、数字で裏付けられた判断を行うことが求められます。

セット値引きなどの場合は、セットでの利益率を計算せよ

売上を増やすために「セット販売」や「まとめ買い値引き」を行う企業は多いですが、その裏で利益率を正確に把握できていないケースが目立ちます。販売促進のために導入した施策が、結果的に利益を削っていることがあります。
たとえば、A商品とB商品を単品で売るとそれぞれ20%の粗利があるとします。これを「まとめ買いで1割引き」にすれば、顧客は喜び、売上も伸びます。しかしその結果、セット全体の粗利率は15%程度まで下がり、販売数が増えるほど利益率は下落します。もし物流コストや手数料が加われば、さらに利益は圧迫されることになります。
このため、セット販売を行う際は「セット全体での利益率」を必ず計算しなければなりません。単品ごとに利益を見ても意味がなく、セット単位でコストを再配分して実際の利益構造を確認することが不可欠です。
また、セット販売における見落としとして、「在庫処分目的の値引き」があります。古い在庫をはけるために新商品と組み合わせると、短期的にはキャッシュが入りますが、ブランド価値や価格基準を下げてしまう危険性があります。その結果、次の販売で定価が通らなくなり、長期的に収益性が下がることもあります。
薄利多売という戦略そのものが悪いわけではありません。大量生産によってスケールメリットを得られる業態では有効です。しかし、薄利であっても「損をしないライン」を数字で明確にしておく必要があります。感覚ではなく、セット単位の利益率を常に検証する姿勢こそが、持続的な経営を支えます。

売上ではなく収益性の向上を

企業が真に目指すべきは、売上の拡大ではなく「収益性の向上」です。売上が減っても、利益が増えれば企業は強くなります。逆に、売上が増えても利益が薄ければ、それは体力を削るだけの成長です。
収益性を高めるためには、まず「儲からない仕事」をやめる勇気が必要です。利益率の低い商品やサービスから撤退することで、売上は一時的に落ちるかもしれません。しかし、それ以上に業務量が減るため、社員の負担が軽くなり、結果としてモチベーションや品質が向上します。
従業員が余裕を持てば、顧客への対応品質が上がり、クレーム対応やミスも減ります。その時間を新商品の企画開発やサービス改善に充てることで、さらに高収益な事業を生み出すことが可能になります。この「良い循環」を回すことこそ、経営の健全化の核心です。
また、収益性重視の経営は、組織文化にも良い影響を与えます。売上数字だけを追う組織では、短期的な目標達成のために値引きや過剰受注が発生しやすくなりますが、利益重視の文化では、「どれだけ効率的に価値を提供できるか」が評価基準となります。これにより、現場の判断もより戦略的・合理的なものに変わっていきます。
一時的な売上減少を恐れるのではなく、「少ない労力で確実に利益を得る」体制を築くことが重要です。そうして初めて、社員の努力がきちんと報われ、企業としての持続的な成長が実現します。

まとめ

働けば働くほど収益性が悪化する企業の多くは、「量の経営」に陥っています。売上高や受注件数といった表面的な数字を追いかけるあまり、収益の質を見落としているのです。
まずは、商品別利益率を正確に計算し、どの事業が稼ぎ頭でどの事業が赤字かを明確にしましょう。次に、間接費を適切に配賦して、見えにくいコストを可視化することです。そして、セット販売や値引き施策も「セット単位」での利益率を必ず確認し、売上アップの裏で利益が失われていないかを検証します。
そのうえで、低収益分野から撤退し、収益性の高い分野に集中すること。これこそが、働くほど利益が積み上がる経営への道筋です。社員が無理をせず、会社も安定して利益を出す状態が実現すれば、次の成長への投資も余裕を持って行えます。
経営とは、単なる「拡大競争」ではなく、「利益を生む構造の設計」です。働く量ではなく、働く質を見直すこと。これが、働けば働くほど豊かになる企業体質をつくる第一歩です。
当研究所では数字ベースで御社の収益性改善の施策について様々な観点から支援させていただきます。下記よりお気軽にご相談ください。

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