人手不足倒産が増加。しかしその背景事情は個社ごとに違う
近年、「人手不足倒産」という言葉を目にする機会が増えています。中小企業を中心に、働き手が確保できないことを理由として業績が悪化し、最終的に倒産に至るケースが相次いでいます。帝国データバンクなどの調査によれば、2024年以降、人手不足を直接要因とする倒産件数は過去最多水準に達しており、その傾向は2025年も続いています。背景には少子高齢化による労働人口の減少、採用コストの上昇、そして求職者の企業選びの多様化といった構造的な要因があります。
しかし、「人手不足」という言葉でひとまとめにされるものの、その実態は企業によって大きく異なります。例えば、飲食業や介護業のように体力を要する業種では、そもそも労働条件と労働対価のバランスが取れないことが慢性的な問題です。一方、IT業界や製造業の一部では、必要とするスキルを持つ人材が市場に存在しないことがボトルネックとなっています。つまり「人手不足」とは、単なる人数の不足だけでなく、「適した人がいない」「人を定着させられない」「人を育てられない」という複合的な課題です。
また、人手不足の程度や発生箇所も、企業の経営環境やビジネスモデルによって大きく異なります。都市部で店舗を多く展開する企業と、地方で限定的に営業する企業では、同じ業種であっても人材確保の難易度が異なります。さらに、同一業種でも労働環境や給与体系のわずかな差が採用結果に大きく影響する場合もあります。したがって、人手不足の問題を「全産業的な構造問題」として一律に議論するのではなく、それぞれの企業が抱える背景事情を正確に把握することが第一歩となります。
そこで本稿では、人手不足を「採用・教育・定着」という人材確保のプロセス面と、「資金」や「生産性」といった経営面の両側面から捉え、その真の要因を分析したうえで、現実的な解決方針を探っていきます。
採用・教育・定着どの課程でつまづいているか
企業が人材を確保するためには、「採用→教育→定着」という三段階のプロセスを確実に回していく必要があります。どこか一つでも欠けると、せっかく人を採っても戦力にならず、また辞めてしまうという悪循環に陥ります。
まず「採用」の段階でつまづいている企業は、自社の魅力が外部に伝わっていないケースが多く見られます。求人サイトに掲載しても応募が来ない、面接をしても辞退されるという場合、単に賃金が低いだけでなく、「働きたいと思われる会社か」という観点が抜け落ちていることが少なくありません。現代の求職者はSNSを通じて企業の雰囲気や経営者の姿勢を敏感に感じ取ります。ネガティブな評判が拡散していれば、いくら求人広告にお金をかけても効果は限定的です。したがって、まずはSNSや自社サイトで、誠実な情報発信を行い、企業イメージを改善していくことが不可欠です。加えて、最低限の賃上げや待遇改善を行うことも避けて通れません。
次に「教育」の段階で苦労している企業は、採用した人材を早期に戦力化できないという課題を抱えています。ここでは、従来型のOJT一辺倒の教育体制が限界を迎えている場合が多いです。若手社員は動画やオンライン教材での自己学習に慣れており、対面指導だけでは理解が進みにくい傾向があります。したがって、新人の学習スタイルを把握し、それに合わせた教育プログラムを設計する必要があります。学習のスピードや理解度をデジタルツールで可視化し、成長を実感させることでモチベーションを維持することができます。
最後に「定着」の段階でつまづいている企業では、キャリアの見通しを示せていないことが問題です。給与体系が年功的であっても、将来の昇給や役職の見通しが見えなければ、社員は他社に移りやすくなります。キャリア面談を定期的に行い、社員の希望を丁寧に聞き取ること、そして年功給や役職手当などを通じて長期的に働くメリットを感じさせることが重要です。採用・教育・定着のいずれの段階でも、自社がどこでつまづいているかを正確に分析することが、人手不足克服の第一歩となります。
コストの問題は時間を要する
人手不足の背景には、「そもそもお金が足りず新しい人を雇えない」という深刻な問題が潜んでいます。採用広告費、教育コスト、福利厚生費など、人材確保には多額の投資が必要ですが、資金繰りに余裕がない企業ではそれが難しいのが現実です。この状態は極めて危険で、倒産の一歩手前であるといっても過言ではありません。
ただし、急激な賃上げや設備投資による生産性向上は現実的ではありません。人手不足の解決には、時間をかけて少しずつ改善していくことが求められます。まずはコストの使い方を見直すことから始めましょう。たとえば、収益性の低い仕事や顧客を思い切って整理し、少人数でも高い利益を上げられる仕事に注力することが重要です。営業範囲を狭めたり、商品ラインナップを絞ったりするだけでも、負担は軽減されます。
また、労働生産性を上げる工夫も欠かせません。単純作業を自動化したり、業務マニュアルを共有して属人化を減らしたりすることで、少ない人数でも成果を上げやすくなります。さらに、リモートワークやフレックスタイム制度を導入することで、多様な人材が働きやすい環境を整えることも有効です。特に、子育てや介護をしながら働く人を戦力化するためには、柔軟な労働制度が不可欠です。
結局のところ、「お金がないから人を雇えない」と言い続けても状況は好転しません。まずは少しでも利益を上げ、そこから人材投資を増やしていくという長期的な視点が必要です。人手不足は時間をかけてしか解決できない構造的な課題であることを理解し、焦らず地道に改善していく姿勢が求められます。
少しずつ改善サイクルを回していく
人手不足の解消には、人材確保のプロセスと資金面の両方に課題が絡み合っていることが多いです。採用に苦戦している企業は教育や定着にも苦労し、資金に余裕がない企業は採用に投資できずに悪循環に陥るという構図です。この複合的な問題を一気に解決することは不可能です。そこで重要なのは、課題を優先順位づけし、少しずつ改善のサイクルを回していくことです。
例えば、まずは現有戦力の定着と生産性向上を徹底的に行うことから始めます。既存の従業員が辞めずに力を発揮できる環境を整えることで、企業の収益基盤が安定します。ここでは、社員同士のコミュニケーションを活性化し、仕事の意義を共有する取り組みが効果的です。現場の声を吸い上げ、働き方の改善を続けることが、離職防止につながります。
次に、収益が上がってきた段階で、その利益を人材獲得に再投資していきます。採用広報の強化や教育制度の整備に充てることで、さらに優秀な人材を確保しやすくなります。こうしたサイクルが回り始めると、企業全体が「人材を大切にする文化」へと変化していきます。
改善のポイントは、「完璧を目指さない」ことです。一度の施策ですべてを解決しようとせず、現状の中でできることを確実に積み重ねることが成功への近道です。人手不足を根本から解消するには、採用・教育・定着・資金運用といった全方位の課題を、優先順位をつけながら少しずつ回していく継続力が求められます。
所要期間とビジョンが必要
人手不足の解決は、短期間では成し遂げられません。改善サイクルを回していくためには、「何年後にどうありたいか」という企業の明確なビジョンを持つことが不可欠です。目先の採用や離職防止に追われるだけでは、いつまでも構造的な課題は解決できません。
重要なのは、段階的な到達点を設定することです。たとえば「3年以内に離職率を半減する」「5年以内に生産性を2割向上させる」といった具体的な目標を掲げ、それに向けて施策を積み上げていくことが必要です。最初の一年は、既存社員の満足度を高めることに集中し、その成果をもとに二年目以降の採用強化に取り組むというように、順序を明確にすることが重要です。
ただし、人手不足は企業の存亡をかけた課題である以上、悠長に構えている余裕はありません。スピード感を持って改善を進めることが求められます。経営者自身がリーダーシップを発揮し、従業員に将来像を示すことで、全員が同じ方向を向いて努力できるようになります。人材確保は経営戦略そのものであり、単なる人事部門の課題ではありません。
また、ビジョンの共有は社員のモチベーションにも直結します。「自分の会社がどこを目指しているのか」「自分の努力がその中でどう生かされるのか」が明確になれば、社員の帰属意識は高まり、定着率の向上にもつながります。こうした長期的な視点をもって、着実にステップを踏むことが人手不足解決の現実的な道筋なのです。
まとめ
人手不足は、単なる労働力の不足ではなく、採用・教育・定着・資金運用といった複数の課題が複雑に絡み合った構造的問題です。したがって、その解決には短期的な施策ではなく、地道な改善の積み重ねが必要です。まずは自社のどの段階で課題が発生しているのかを冷静に分析し、少しずつ改善サイクルを回していくことが求められます。そして「何年後にどうありたいか」という明確なビジョンを設定し、スピード感をもって実行に移すことが、企業の持続的成長の鍵となります。
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