全員定時出勤は平等だが不自由
午前9時から午後6時まで勤務し、正午から午後1時までが昼休憩という8時間労働の仕組みは、労働基準法に沿ったごく一般的な勤務形態です。いまでも多くの企業が、この「全員一律の定時出勤・定時退社」の体制を守っています。表面上は非常に平等で、誰もが同じルールのもとで働けるため、公平感があります。しかし実際には、この一律の仕組みが「自由のなさ」と「不満の蓄積」を生む原因になっていることも少なくありません。
たとえば、通勤時間の長い社員にとっては、朝9時出勤はかなりの負担になります。都市部では満員電車での通勤が日常となり、仕事を始める前から疲弊してしまう人も多いでしょう。また、昼休みの時間が全員同じであれば、社員食堂や周辺の飲食店が混み合い、ゆっくり食事をとるどころか、休憩時間の半分を行列で消費することもあります。さらに、子育てや介護をしている人にとっては、定時出勤・定時退社の枠に合わせることが非常に難しく、職場にいづらくなってしまうこともあります。
このように、平等を重視するあまり個々の事情に配慮しない働き方は、結果として従業員の生産性を下げ、離職につながる危険もあります。人手不足の時代においては、全員が同じリズムで働くよりも、一人ひとりの生活リズムや希望に応じて柔軟に働ける体制づくりが求められています。ワークライフバランスという言葉は、単なる「時短」や「福利厚生」ではなく、組織全体の効率と幸福度を高める重要な要素として位置づけるべきです。そこで本稿では、こうした背景を踏まえ、個々のバランスを尊重する勤務体制のあり方について考えていきます。
とにかくお金が欲しい従業員
ワークライフバランスが重視される現代においても、「とにかく稼ぎたい」「働けるうちにできるだけ経験を積みたい」というワーク寄りの価値観を持つ人は一定数存在します。高度経済成長期のように、働くことが生活の中心だった時代ほど多くはありませんが、成果主義のもとで昇進や報酬を得たいと考える人は今でも少なくありません。
こうした従業員に対しては、過剰な残業を強いるのではなく、本人の意思を確認したうえで、可能な範囲で追加業務や特別プロジェクトへの参加を認めることが重要です。「残業を希望する人には残業を与え、望まない人には無理をさせない」という柔軟な運用こそが、現代の多様な働き方にふさわしい対応です。企業が一律に残業禁止を掲げると、逆に成長意欲の高い人のモチベーションを下げてしまうおそれがあります。
また、このように多くの経験を積む従業員は、将来的にリーダーや管理職候補として成長する可能性があります。そのため、単に「働きたがりの人」として扱うのではなく、定期的な面談を通じてキャリアの方向性を丁寧に確認し、モチベーションの維持を支援することが大切です。高い意欲を持つ人ほど、より良い環境を求めて転職を考える傾向もあるため、長期的な視点で信頼関係を築くことが企業側に求められます。
「働きたい人には働く場を」「休みたい人には休む自由を」という仕組みを整えることが、現代の労務管理の基本です。お金を求めて働く人のエネルギーを正しく活かすことができれば、組織全体の活力向上にもつながります。
生活さえできればと考える層
一方で、仕事よりも生活を優先し、「とりあえず生活費が得られれば十分」という考え方の人も増えています。いわゆる「ワークライフバランス」のうちの「ライフ寄り」と言える層ではありますが、必ずしも家庭や趣味を大切にしているわけではなく、単に仕事に興味を持てないというケースも多いのが特徴です。
このような層に対して、企業側が無理に「やる気を出せ」と圧をかけるのは逆効果です。熱意を強要することはパワハラにもなりかねず、かえって離職やトラブルを招くおそれがあります。そこで、こうした層には定型的で難度の低い業務を任せ、定時で帰宅してもらう働き方が望ましいといえます。仕事の範囲を明確にし、期待値を過剰に設定しないことで、本人もストレスを感じずに働ける環境が整います。
また、モチベーションが低いからといって排除するのではなく、「おとなしく確実に業務をこなしてくれる存在」として位置づけることも大切です。組織には、目立つ人だけでなく、淡々と仕事を支える人材も必要です。管理職側はその点を理解し、個々の強みを生かせる環境づくりを心がけるべきでしょう。
もちろん、本人が少しでも仕事に関心を持ち始めた場合は、それを見逃さず、成長のチャンスを与えることも重要です。ただし、熱意を引き出すタイミングや方法を誤ると、再び反発を招く可能性があるため、慎重な接し方が求められます。個々のペースを尊重し、焦らず見守ることが、最終的には長期的な戦力維持につながります。
プライベート重視の人たち
最近特に増えているのが、プライベートの充実を第一に考える層です。彼らは仕事自体には真剣に取り組みますが、人生の主軸はあくまで「自分の時間」にあります。たとえば、ライブや旅行などの「推し活」や趣味の活動に情熱を注ぐタイプがこれに該当します。こうした人たちは、普段の勤務中は責任感をもって業務を遂行し、一定の成果をあげながらも、「この日はどうしても休みたい」という強い希望を持ちます。
このような層を活かすには、企業が有給休暇や休暇申請のルールを明確に定め、社員が安心して申請できる環境を整えることが欠かせません。有給取得を理由に周囲から非難されたり、上司が嫌な顔をしたりするようでは、自由な職場とはいえません。むしろ、ルールを整えたうえでその範囲内で自由に行動してもらうことが、企業への信頼感を高め、長期的な貢献につながります。
この層は、前章の層と異なり、仕事に対しても一定の熱意を持っています。自分の好きなことを大切にしながら働ける環境を与えれば、高い集中力で成果を出すことも珍しくありません。したがって、企業側は「仕事と私生活を切り離したい層」ではなく、「双方をうまく共存させたい層」として理解しなければなりません。
柔軟な働き方を許容する組織は、結果として多様な人材が集まりやすくなり、活気ある職場を形成します。プライベートを尊重することは、甘やかすことではなく、信頼関係を築くことです。
責任は嫌だがスキルは欲しい
現代の労働者の多くは、「責任の重い仕事は避けたいが、自分の市場価値は高めたい」と考えています。これは一見わがままにも見えますが、合理的な心理でもあります。責任が重くなるほどストレスは増し、プライベートの犠牲も大きくなります。一方で、スキルを身につけておけば、転職や副業などの選択肢が広がり、将来の安定につながるためです。
企業としては、最初のうちは責任の重い業務を無理に任せず、本人の意欲と成長段階に応じて徐々にステップアップできるよう配慮することが求められます。特に若手社員にとっては、責任を負うことよりもスキルを磨くことが優先されるべき時期があります。ただし、長期的に責任を回避し続けるようでは、組織が回らなくなります。ある程度の年数が経過した段階では、転職リスクを恐れずに責任ある業務を任せ、経験を積ませることが必要です。
また、スキルを獲得できる仕事は多くの社員にとって魅力的です。そのため、特定の人に業務が偏らないよう、ローテーション制度などを導入して多くの人に経験を分配するのが望ましいでしょう。
一方で、スキルを身につけた従業員が転職する可能性は常にあります。これは企業にとって痛手ですが、同時に「魅力ある人材を輩出できる会社」というポジティブな評価にもつながります。重要なのは、スキルを得た人材が「この会社でもう少し頑張りたい」と思える環境を整えることです。責任と自由、成長と安定のバランスをどう取るかが、現代の人事戦略の核心といえるでしょう。
まとめ
一人ひとりのワークライフバランスを尊重するということは、単に勤務時間を柔軟にすることではありません。そこには、働く目的や価値観の多様化を受け入れるという深い意味があります。
ある人はとにかく稼ぎたいと思い、ある人は最低限の生活ができれば十分と考え、また別の人は趣味や家族との時間を優先します。さらに、スキルを重視する人や、責任を避けたい人もいます。これらの考え方はいずれも間違いではなく、すべてが個々の人生観に基づいた自然な選択です。企業がその違いを理解し、柔軟に制度を整えることができれば、社員は無理なく能力を発揮し、結果として組織全体の生産性も高まります。
重要なのは、「平等」と「公平」を混同しないことです。全員を同じ条件に置くことが平等ですが、それが必ずしも公平とは限りません。個々の事情や希望を考慮して違いを認めることが、本当の意味での公平です。
これからの時代、企業に求められるのは「全員を同じ形にする管理」ではなく、「一人ひとりを生かすマネジメント」です。ワークライフバランスを尊重する姿勢こそが、信頼される組織文化を築く第一歩になります。
当研究所では、こうした個々のワークライフバランス感に柔軟に対応した組織づくりのお手伝いもしております。下記よりお気軽にご相談ください。


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