聘珍樓が倒産
帝国データバンクが先日、中国料理店『聘珍樓』の運営会社と関連会社の2社が東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたと発表しました。3月末時点での負債総額は30億円超と報道されています。私も会食で聘珍樓で夕食を楽しんだ経験があります。料理としては大変満足しましたが、会食以外の機会に家族や友人などと普段利用する店ではなく、「高級な店」という印象を持ってきました。
高級店は顧客数が少なくても利益率が高いため、代金を支払える顧客層を抑えてしまえば安定経営しやすい業種ですが、聘珍樓についてはこの「高級」性が足かせとなった可能性があります。
そこで本稿では、聘珍樓という著名な中国料理店がなぜ倒産に至ったのか、その背景を、高級ブランドとコスト構造の観点から整理した上で、高級ブランドならではの課題を洗い出します。
高級ブランドとしてビジネス会食などで好評
聘珍樓は、創業は1884年ですが、景気低迷に伴う法人顧客の減少に伴い、2016年に香港のファンドが出資した新会社に事業譲渡して再スタートしたという経緯があります。2016年の少し前というと,リーマンショックがあり、前回の事業再生時は、法人営業が経営の柱であったところ、リーマンショックで会食が減少したことが大きな原因だと考えられます。その後、景気の落ち着きもあり、「聘珍樓」というネームバリューとブランド力を有していることを強みとして、再びビジネスパーソンの会食需要を取り込んで店舗を増やしましたが、コロナ禍の飲食業界全体への打撃を受けて、これに対する適切な対策を講じることができなかったことが今回の倒産の主たる原因となったようです。こうして見ると、聘珍樓は明確な強みを有しているものの、経営は特定の顧客層の依存度が高いことがわかります。
高級ブランド維持はコストがかかる
聘珍樓はネームバリューと高級ブランドを有していますが、これが必ずしも強み一択だったわけではないようです。高級ブランドはその維持にコストがかかります。店舗の内装に常に気を配り、清掃は完全に行き届く必要がある。入れ替わりの激しい料理人体制の中でも味を維持する必要がある、ブランド認知の定着のために一定の広告費用も必要となる、など、あらゆる場面でコストを投じて高級ブランドを維持し続ける必要があります。その結果、高コスト構造となるため手放しで喜べる事情ではないわけです。ただ、一般的には高級ブランドは利益率を高く設定できるため、広告費用などがかかっても一定の客が来店すればきちんと収益を確保できるのが通常です。聘珍樓も価格戦略を間違えたわけではないようなので、顧客離れが最大の倒産要因だと断定してよいと考えられます。
コロナ禍で顧客層が変化
コロナ禍で顧客の嗜好が変化しました。外食が減少し、自宅やオフィスでの飲食の機会が増加したほか、同じ中国料理の中でも顧客の嗜好の変化が見られます。例えば、横浜や神戸の中華街は賑わっており、中国料理自体の人気が衰えたわけではありません。しかし、人気なのは店が内容を指定するコース料理ではなく、店頭の食べ歩きや、バイキング・食べ放題など、顧客が欲しいものを欲しいだけ注文できる方式。これはコロナ禍だけでなくその後のインバウンド回復も影響していることかもしれませんが、中国料理に限らず、飲食店の食事全般として顧客の嗜好が多様化し、いろんなものを少量ずつ楽しみたいという傾向が広まっています。これは、予めメニューを決めて準備し、店主導でコースを決めるビジネススタイルの終焉を意味するかもしれません。
ブランドが戦略変更を阻害した
聘珍樓は先に記載のとおり、高いブランド力を有しています。しかし、食べ放題は行っておらず、店頭販売は限定的です。これはその高いブランドが、少量小口販売を許容しなかった可能性があります。また、高コスト構造のため、こうしたビジネススタイルの変化に対応できない(赤字になる)のかもしれません。確かに、他の分野、高級フレンチも高級和食も、食べ放題や店頭販売はなく、物販は高級お土産に限定しています。聘珍樓はこれと同様のスタイルを堅持したわけですが、他の中華料理屋、大衆料理屋だけでなくある程度名の知れた料理屋が挙って少量小口販売に切り替えた中で、聘珍樓は中途半端な立ち位置で顧客離れを生じたというのが本質的な理由と考えられます。なまじ高級ブランドを有しているが故に中華料理店の市場の中での戦略変更が難しかったというのは皮肉な話です。
まとめ
高級ブランドがあるとないとではある方が良いに決まっています。しかし、高級ブランドを持つとその維持コストが大きく、高級ブランドの維持を絶対条件としてしまうと、置かれた市場の中で最善の戦略をとることが阻害されてしまう可能性もあるため、高級ブランドはあくまで強みの1つではあるが、それが弱みになる可能性も慎重にふまえたうえで、場合によってはブランドの維持を後回しにしたり、別ブランドを起ち上げるなどして、市場の変化に即応した戦略を適時にとることができるよう、「常識的な」意思決定を優先する体制作りが不可欠だと考えられます。
当研究所では、ブランド戦略の設計経験の豊富な弁護士・弁理士・公認会計士・中小企業診断士・MBAが御社のブランド戦略を全方位でサポートいたします。下記よりお気軽にご相談ください。
コメント