起業当初は予期せぬ事態での判断が求められる
起業直後の経営には、想定外の出来事がつきものです。顧客から予期せぬ要望が届いたり、仕入れ先が突然条件を変えてきたりと、日々イレギュラーな判断を迫られる場面に直面します。このとき、経営者や従業員がその場の勘に頼ったり、相手の態度を見て都度対応を変えてしまうと、組織としての一貫性が失われてしまいます。顧客や取引先からの信頼は「安定した対応」によって築かれるものです。判断がばらつけば、同じ企業内であっても担当者によって対応が異なる印象を与えてしまい、信頼を損ねるリスクが高まります。
ここで重要となるのが、事前に「判断基準」を定めておくことです。何がOKで何がNGなのか、誰が最終判断をするのか、例外対応はどこまで認めるのかといったルールを決めておくことで、突発的な事態にも落ち着いて対処できます。そこで本稿では、そうした判断基準を安定させるための代表的な方法として、「企業理念」「数値目標」「人間関係の軸」「人への接し方」について解説していきます。
企業理念を明確にして落とし込む
イレギュラーな状況に対する判断を安定させるためには、まず企業理念の明確化が有効です。企業理念とは、会社が社会に対して果たすべき使命や価値観を言語化したものです。この理念が明確であればあるほど、従業員一人ひとりが日々の業務の中で迷いにくくなります。
たとえば、「売上第一主義」を掲げている企業であれば、顧客からの突然の要望に対しても、可能な範囲で最大限応えようとする判断が尊重されます。一方で、「従業員の成長を最優先」としている企業であれば、キャリアプランを意識した業務分担やフィードバックが進むわけです。
企業理念は、単に掲げるだけでなく、社内研修や日々の会話の中で繰り返し共有し、現場の判断基準として浸透させる必要があります。理念が判断の「ものさし」として機能すれば、現場での対応に一貫性が生まれ、顧客や取引先にも企業の姿勢が伝わりやすくなります。経営者自身がその理念に忠実に行動することも、理念を社内に根づかせる上で非常に大切です。
数値目標
組織の方向性を明確にし、個々の判断に軸を持たせるうえで、「数値目標」の設定も欠かせません。売上高や成長率、顧客満足度などを具体的な数値で設定しておくことで、従業員はその達成に向けて何を優先すべきかを自分で判断しやすくなります。
たとえば、「月間売上300万円」を目標としている場合、今月の進捗が80%であれば、多少の残業をしてでも案件を取りにいこうという判断になります。一方で、すでに120%達成している場合には、従業員の健康や休息を優先するといった柔軟な対応も可能になるでしょう。このように数値は単なる目標ではなく、現場の判断を後押しする基準にもなるのです。
数値目標は金額だけでなく、リピート率や成約率、在庫回転率といった「率」でも構いません。事業の性質に応じて適切な指標を選び、それを社内に周知させることが肝要です。さらに、目標達成度に応じたインセンティブ制度を設ければ、従業員の自律的な行動も促進され、判断の質も安定していきます。
人間関係の序列と緩さ
組織における判断のブレを減らすには、「誰の判断が優先されるか」を明確にすることも重要です。たとえば、創業者の判断が絶対であるという序列を設けておけば、現場で迷いが生じたときにも「社長の方針に従う」という基準で収拾がつきやすくなります。
一方で、現代の多様な働き方や価値観を踏まえると、あまりに上下関係を厳格にしすぎると、現場からの柔軟な発想や改善提案が出づらくなります。そこで、序列を定めつつも、意見を自由に言い合える風通しの良い雰囲気を同時に整える「緩やかなルール設定」も有効です。
具体的には、「最終決定権はマネージャーにあるが、全員が意見を述べる権利を持つ」といったような設計が考えられます。このように、判断軸がどこにあるかを明示しながら、現場の声も拾う姿勢を取ることで、組織の一体感と柔軟性を両立することができます。どこまで上に判断を仰ぐべきか、どこまで現場の裁量に任せるかという「判断の範囲」も明示しておくとさらに効果的です。
顧客・従業員に対する組織としての接し方
組織としての価値観は、顧客や従業員にどう接するかという方針にも反映されます。これを事前に明文化し、共有しておくことで、イレギュラーな対応でも一貫性のある判断が可能になります。
たとえば、「従業員を最も大切にする」という方針であれば、体調の悪い社員に無理をさせることは避け、周囲がカバーする体制を整えるのが自然な流れです。こうした姿勢は従業員の安心感につながり、長期的な定着率にも良い影響を与えます。
逆に、「顧客満足を最優先する」という方針を掲げている企業では、多少の残業や厳しい品質チェックが求められる場面もあるでしょう。どちらが正解というわけではなく、組織としての姿勢を明確にし、それに基づいた行動がなされることが重要なのです。
また、従業員への接し方と顧客への接し方に矛盾があると、社内外に不信感を与える結果となります。たとえば、顧客にだけ丁寧に接して社員には冷たくするような企業は、長続きしにくい傾向にあります。接し方の方針を全社で共有し、行動に落とし込むことが安定した判断基準の確立につながります。
まとめ
起業初期には、ルール通りにいかない事態が次々に起こります。そんな中でも、対応の一貫性を保ち、組織としての信頼を築くには、「判断基準の事前設定」が不可欠です。本稿で紹介した企業理念・数値目標・人間関係の軸・人への接し方といった要素を整理し、組織としての「ぶれない軸」を持つことが重要です。
判断に迷ったとき、従業員が自らその軸に照らして考えられるようになれば、現場はより自律的になり、顧客や外部関係者からの評価も向上します。感情や場当たり的な対応に頼るのではなく、明文化された価値観や目標、ルールに基づいた判断を習慣づけることこそが、イレギュラーに強い組織をつくる最短の道です。
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