中小企業だけでなく大企業でも非常識な人事案件がしばしば発生
一般的に、労務管理における問題は中小企業に多いと考えられがちです。例えば、法律を無視した一方的な降格処分、パワーハラスメント、職場いじめなどの案件は、規模が小さく監督体制が不十分な中小企業で多発するという印象を持たれている方も多いでしょう。
しかし、実際には大企業においても同様、あるいはそれ以上に非常識な労務管理の事例が発生しています。労働審判や裁判、労働局への申告といった形で公になる案件の中には、大手企業の名が連なることも少なくありません。近年では、大企業でのパワハラ自殺、妊娠を理由とする降格、合理的理由のない退職勧奨などがニュースで報道され、社会の注目を集めました。
これらの事案は、一見すると企業規模に反するように感じられるかもしれません。なぜ社会的な信頼や法務・人事体制が整っているはずの大企業で、このような労務管理の問題が発生するのでしょうか。そこで本稿では、その本質的な理由を紐解いていきます。
人数が多いため各部門に労務管理を一任
大企業の特徴として、従業員数の多さが挙げられます。数千人、場合によっては数万人を抱える企業において、全従業員に対して中央集権的な人事管理を徹底することは現実的ではありません。そのため、労務管理の多くは現場レベル、すなわち各部門ごとに任されるのが一般的です。
もちろん、企業としての基本的な人事方針やコンプライアンス規程は存在します。しかし、それを実際の現場でどう運用するかは、各部門のマネジメントに委ねられているケースが多く、部門によって大きなばらつきが生まれやすいのです。特に現場が多く、職種が多様な企業ほど、この傾向は顕著になります。
その結果、同じ会社であっても「部門ごとの文化」が形成され、「ある部門では厳しい詰め文化があり、別の部門では自由な風土がある」といった状態が常態化します。こうしたバラバラな組織文化の中で、労務管理における逸脱行為が起きやすくなり、大企業という看板とは裏腹に非常識な労働問題が発生してしまいがちです。
昭和の考え方の管理者がいるとスパルタ気質に
各部門に労務管理が委ねられる中で、組織の方向性を決めるキーパーソンとなるのが部門長です。ここで問題となるのが、部門長の価値観です。特に問題が起こりやすいのが、いわゆる「昭和気質」を色濃く残すタイプの管理職が率いる部門です。
昭和時代の日本企業では、厳格な上下関係や長時間労働、精神論による指導が一般的でした。こうしたスタイルは、当時は「成果を出すための当たり前」とされていた部分もありましたが、現代の労働環境や法制度から見れば明確に逸脱したものです。
それでもなお、これらの価値観を当然のように引き継ぎ、部下に対して高圧的な態度を取り続ける部門長が存在します。彼らにとって「指導」と「パワハラ」の境界は曖昧であり、無意識のうちにハラスメントを繰り返してしまうことがあります。
また、年功序列の意識が強い場合、部下が理不尽な扱いに抗議することも難しく、声を上げにくい空気が生まれます。これにより、組織としての異常が外部に露見するまで長期間放置されるケースも少なくありません。
従業員内で階層意識が強化される事例も
大企業では業績評価や昇進制度が明確に整備されていることが多く、その分「成果を上げる者が偉い」「成果を出せない者は不要」といった価値観が根付きやすくなります。このような文化が進行すると、従業員間で強い階層意識が形成されることになります。
特に、外資系企業や成果主義を前面に打ち出す企業では、「できない社員は自己責任」「辞めるのは当然」といった風潮が生まれがちです。そして、そうした階層意識が、評価の低い社員に対する嫌がらせや排除行動に正当性を与えてしまうのです。
例えば、評価の低い社員に対しては「誰も口をきかない」「わざと仕事を回さない」「過大なノルマを課す」といった陰湿な対応が取られ、それが退職勧奨の一環として黙認されることもあります。表面的には制度に従っているように見えても、実質的には不当な退職圧力がかかっているという実態があるのです。
こうした行動は、形式的には規定違反にならないこともあり、表面化しにくい特徴を持っています。しかし、実際には当事者の精神的ダメージが大きく、場合によっては自殺や長期休職といった深刻な結果を招くこともあります。
SNSで簡単に社外に公開される時代
現代社会では、労務問題が表面化するスピードも変化しています。特にSNSの普及は、従業員一人ひとりに「発信力」を与えることになり、従来であれば社内で終わっていたような事案が、瞬く間に社会全体に拡散される事例が増えています。
たとえば、LINEやX(旧Twitter)、FacebookといったSNSを通じて、被害者が自らの体験を公表することで、多くの人々の共感を呼び、企業への非難が集中するという事例が数多く報告されています。企業にとっては、こうした投稿が「企業ブランドの毀損」「株価への影響」「採用難」など深刻なダメージをもたらす可能性があります。
また、SNSの情報は一度拡散すると取り消すことが非常に困難です。さらに、フェイクニュースや一部の事実だけを切り取った拡散が行われるリスクもあるため、企業にとってはより一層、日頃からの誠実な労務管理が求められる時代になっていると言えるでしょう。
まとめ
大企業であっても、とんでもない労務管理事例が発生する本質的な理由は、単に規模が大きいからではなく、労務管理の分散、マネジメント層の価値観、従業員文化、そして情報社会の構造が複雑に絡み合っている点にあります。
まず、大企業では労務管理が部門単位に委ねられがちであり、その部門文化によっては逸脱が起こりやすい構造があります。そして、特定の管理職の古い価値観や、従業員間の過度な成果主義が、パワハラやいじめの温床となることもあります。
さらに、SNSによる情報拡散が容易になった現代においては、社内の問題が外部に漏れ、企業の社会的信頼を大きく損なうリスクが飛躍的に高まっています。もはや「社内のことは社内で解決すればよい」という時代ではありません。
これからの企業には、単に制度を整えるだけでなく、それを運用する現場の価値観や文化、日常的な対話とコンプライアンス意識の醸成が不可欠です。大企業だからといって安心はできず、「組織の闇」はどこにでも潜んでいる可能性があるのです。企業規模にかかわらず、健全な労務管理体制を維持し続ける努力が求められています。
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